123456789101112131415161718192021222324252627282930
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2009-03-17 (Tue)
  

 「僕」は34歳のフリーライター。
 「僕」は4年前の大きな喪失を乗り越え、ようやく「生きる出発点」に戻ってきた。
 もう一度、現実と自分をつなげる為のマイペースな行動を始める。

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 この作品は一連の「羊」シリーズと呼ばれる作品達のアンカーである。
 シリーズ4作品の中で、この作品が一番乗れたというかしっくりハマれた感じがした。

 いやあ、この作品はよく人が死ぬ。ホントに死んでいく。
 でも村上さんの手によって書かれた死は文中の言葉にあるように「こっちの汽車からあっちの汽車に乗る」如く、変な重々しさがない。
 「死」というものは「生」と区分されているのではなく、同じ位置にある別の場所なのだと感じる。
 同じ位置にあるという意味では「生」も「死」もその本質は変わらないものかもしれない。

 「僕」は自分の親しい人が次々と死んでいく、すなわち「入り口から入って出口から出て行く」のをただ見届けるしかない。
 それでも「僕」は出口から出ようとしない、ひどい孤独感や喪失感を味わっても「ここにいる」のである。
 そして「ここにいる」為にに愛を求めてそれを得る。

 この作品の中で私が結構好きな描写が僕と恋人がする時に 、

 「彼女は時計を外してテーブルの上に置いた。靴を脱いで床に揃えた。ブラウスのボタンをひとつずつ外し、ストッキングを脱ぎ、スカートを脱ぎ、それらをきちんと畳んだ」

 「僕」の恋人はやや神経質である。だからいちいちキチンとするのだ。
 私は結構こういう細かいこだわり好きである。僭越ながら村上さんとひょっとしたら趣味が合うかもしれないと思った。
 勿論村上さんがここの下りを趣味で書いているわけではないだろうけど、でもこういうの嫌いじゃないだろうなあとなんとなく思った。

 趣味というよりこだわりなのかもしれない。

 作品の随所に「村上春樹」のこだわりが見える。
 それは生き方から料理まで。自分もまたこだわり屋なので「僕」に共鳴しながら読んでいた。

 ラスト付近はハラハラしてしまう。
 「あ~、あ~~」
 と思わず絶叫してしまった。ハッピーエンドをこぶしを握り締めながら望んだ。

 ラストの言葉は「僕」の喪失の迷路を象徴するかのようなセリフで終わってほっとした。

 ランキング落ちているので、ぽちっと押してやって下さい。

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
  

 

 
| 村上春樹 | COM(0) | TB(0) |















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。