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2010-11-28 (Sun)


 1925年、北京。娼婦の母親に連れられ、孤児や貧民の子供たちが集まる京劇の養成所に入った9歳の少年・小豆子。新入りの小豆子は他の子供たちからいじめられたが、彼を弟のようにかばったのは小石頭だけだった。2人は成長し、女性的な小豆子は女役に、男性的な小石頭は男役に決められる。小豆子は「女になれ」と老師爺(黄斐)に躾られ、数え切れないほど殴られた。彼らは演技に磨きをかけ、小石頭は段小(張豊毅)、小豆子は程蝶衣(張國栄)と芸名を改め、京劇『覇王別姫』のコンビとして人気を博す。段小はある日、しつこい客に絡まれていた娼婦の菊仙(鞏俐)を助けたことをきっかけに、彼女と結婚する。少年時代より小にほのかな恋情を覚えていた蝶衣は2度と共演はしないと捨てゼリフを吐いて去る。その日北京は日本軍に占領された。ある日小は楽屋で騒動を起こし連行されてしまう。菊仙は日本側に取り入ってもらえるのだったら小と別れてもいいと蝶衣に告げるが、彼の協力で釈放された小は日本のイヌと彼を罵り菊仙を連れて去る。深く傷ついた蝶衣はアヘンに溺れる。そんなことがありながらも2人は和解へと進む。その後老師爺はこの世を去り、日本軍の敗退で抗日戦争は終わる。49年、共産党政権樹立。蝶衣と小は再び舞台に立つが、京劇は新しい革命思想に沿うよう変革を求められていた。-gooより

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 この映画のレビューを色々読んだけど悪く言っているレビューを読んだ事がない。どのレビューも最上級に近い褒め言葉ばかりである。それも納得の「創作の神様大光臨」の映画である。
 私達日本人から見たら近代中国50年史という外国の歴史物語であり、「京劇」とか「文化大革命」とかあんまり日常生活でお目にかかる機会のない馴染みの薄い題材が多いけど、それでいながら三時間近くの大長編を一秒たりとも飽きさせないこの吸引力が凄い。

 京劇の男役段小と彼に恋心を抱く女役の蝶衣。そして段小の妻である元娼婦の菊仙。男女3人の異質な三角関係が釣り糸となり物語を牽引する一方で上手く中国の歴史を編みこんでいる。
 この作における三角関係は「女→男←男」なのである。でも下世話的な話になっておらずひたすら報われない愛に生きる、ひたすら1人の男性を愛する京劇の女形役者蝶衣=レスリーの切なさが物語の「情」の部分を支えている。 (ただ「芸の道を究める」それが故に現実と虚構の線引きが出来ない蝶衣の段小への思いというのは恋なのか芸事の延長線なのかと感じる時もあったけど)。

 それと視覚的な美しさが飽きさせない理由の一つだと思う。「京劇」のシーンは本当に目に痛い位美しい。かなり視覚に訴えてくる映像だけど、存在を主張し過ぎる事無くきちんと芸術的な役割を果たしている。
 
 一番神様に愛されたのはやはり蝶衣演じるレスリー・チェンだろう。どの細部・演技者にも神が宿っていると思うけど、それでも彼無くしてこの映画は成り立たないと思う。
 役者というのは「役を演じる」人なのだろうけど、この作品におけるレスリーの演技は「役を生きる」であった。
 蝶衣を生きているレスリーは怖い位役とブレていない気がした。演じ者のレスリーの気配を全く感じない。映画の世界は当たり前だけど創作の世界であり、そこに登場する人物達はあくまでも虚構。でも現実に生きているか虚構に生きているかの「居る場所の違い」に過ぎないと思わされる位の神演技。
 
 コン・リーもさすが中国を代表する女優さんだけあって見る者を惹き付ける演技である。失礼ながらとびきりの美人さんではない。でも菊仙という女性は女の嫌らしさもしたたかさも持っていてそれでいながらたくましい女性を見事に演じきっている。

 で色んなレビューを読んでレスリーとコン・リーを褒めている人はたくさんいるけど、もう1人の主役であるのチャン・フォンイーの評価は低い(というか触れられてさえいないというか。。。)。
 段小という役柄は菊仙と蝶衣に愛されるという重要な役どころで、これまた失礼ながらも上記のお2人と比べると演じているチャン・フォンイーは知名度もそうだが存在感と役としての吸引力は劣る。
 ただ個人的にだからこそ、この映画においてはそれが正解のではなかったかなと思う。段小は決して人格高潔な男ではない。正直菊仙と蝶衣が情熱を傾けて愛するに値するような男性像として描かれていない。だからこそある意味薄っぺらさ(本当に失礼ですが)を感じさせる存在としてはその役割を果たしていて、そういう男性を愛した2人の人間の悲哀をしみじみ感じる出来過ぎでないのが丁度いい。穴がある位の方が他が際立つ(本当に失礼な事を言ってると思うのだが。。。)。

 男性であるレスリーのあまりの美しさに女性である自分の不甲斐なさをちょっぴり感じたのはおまけつきでした。 
 

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