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2010-09-04 (Sat)


 1人の少女が何者かによって殺される。少女の名は安藤麻衣子。とびきり美人で頭も良く人気もあった。
 イラストレーターの野間は彼女の童話の挿絵を書く事になっており、かつ一人娘の直子は麻衣子と中が良いという縁があった。
 ある時娘の直子が自分は殺された麻衣子だと名乗り始める。。。。「表題作 ガラスの麒麟」

 光輝いていると思われていた安藤麻衣子の心の闇を辿る6つの物語。

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 奥義!!!二刀流 「モノレールねこ」の記事でも書いたように初期の初期の加納さんはモロ「女性版北村薫さん」的な作風であった。
 その彼女が独自の作品世界を築かれたと感じたのはこの「ガラスの麒麟」からかなと思う。脱皮のようなそれまでとは色合いの違う作風にちょっと驚いた。
 日常的な謎を優しいメルヘンタッチで書かれていてパステル画のようだったが、この作品では殺人という「死」を取り扱われていたからである。 

 この作品は「第48回日本推理作家協会賞・短編および連作短編集部門の受賞作」だけど、正直に書くと納得の受賞という印象は受けなかった。。。調べた所「日本推理作家協会賞」は「プロの作家がプロの作品を選ぶ栄誉ある賞」らしい。腕一本でおまんま食べる人と、お給料で食べる一般人に過ぎない読み人の「ものさし」とは計る所が違うんだなあと思った。栄養にする要素が違うんだろう。
 「推理物」としては際立ったトリックがあるわけではないし、目新しいわけでもない。そしてラストの安藤麻衣子が選択した立ち居地(=彼女が被害者となった真実)にどうしても首肯出来ないのである。この一点は作品の要なのだけど私的には普通あり得ないだろう「真実」だった。残念だけど、ミステリーとしてのカタルシスをあまり味わえなかった。
 ミステリーというフィールドを使いながら青春小説へと昇華させた部分は賞賛したいが、やはりミステリーの賞ならその部分が輝いている作品が受賞して欲しい。

 私にとってむしろこの作品はミステリーではなく文学作品である。
 主軸は殺された「安藤麻衣子」という美少女の残像が照らされながら、傷付いた過去を持つ養護教諭の神野菜生子が安楽椅子探偵的な役割でちょっとした事件を解決していく連作で、最後に殺人事件の真相と神野先生の物語の全容が浮かび上がる仕組みである。
 でも紛れも無く「青春小説」だと私は思う
 とにかく10代の揺れ動くアンバランスな少女の気持をトレーシングペーパーでトレースしたんどゃないかと思う位見事に書けている
 若さというのはエネルギーがあって、お肌もツヤツヤで、希望に満ち溢れているという「陽」の部分もあるが、気持ちが不安定でアンバランスな「陰」の部分もある。
 自分の10代のある種の生きづらさを思い出していた。あの頃はどうしてあんなにも見える(見えている)世界が狭かったのかなと思う、もっと視野が広ければあんなに悩んだりしなくても済んだような気がする。まあ、それが若さ故の未熟さなのだろうけど。
 その狭い世界でさえ自分の手に余るような数々の現実への不安感、自分が立っている世界の危うさ、未来という漠然としたものに対するある種の怖さ、そういう事で怒ったり絶望したり悩んだ日々がリアルに蘇ってくる。
 かつて私も少女だったなとふと思い出した

 乙女な気持ちを蘇らしてくれた意味ではGJな作品である。  



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| 加納朋子 | COM(0) | TB(0) |















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