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2010-08-29 (Sun)
 今回は完全にワタクシの独断偏見、趣味の記事です。太宰治に興味ない方はスルーしてやって下さい。
 
 太田治子さん著の「心映えの記」は私にしてはめずらしく何度も読み返す本である。素直に心に響いて来る。取り立てて何か際立つた美点がある作品ではないのかもしれないが、気持ちにとてもダイレクトに響く何かを持っている。

 この本の中で一番印象深かったのが下記の箇所である。
 どちらかな?「心映えの記」の一部を抜粋するが、

 『「幼いあなたは私にこう聞いたの。“太宰ちゃまは、美知子さまと山崎さんとママの中でだれが一番好きだったの」 幼い治子さんが母の静子さんに問うた質問。静子さんは治子さんの為に「ママよ」嘘をつく。そして治子さんが成人した時太宰が一番好きだったのは「○○」であったと告げる。』

 この○○は「奥さまの美知子さま」なのである。私はこの下りを初めて読んだ時、涙がホロリと出たよ。
 太田静子さんの心情に、太田治子さんの気持ちに、2人の思いに馳せると切なさといじらしさがこみ上げてきた。
 同時に「やっぱりそうだったのか」とも思った。
 というのも太宰の代表作の一つで太田静子さんがモデルになった「斜陽」を読んだ時に、
 「あれっ?ひょっとして太宰が一番好きだったので奥さんじゃないのかな?」と思ったからだ。
 斜陽のラストにで太宰の分身の1人である直治が遺書に、師事している上原(これも太宰の分身)の妻への恋心を綴った箇所があるのだけど、この箇所は太宰が愛人である太田静子への「自分の一番好きな人間は誰か」を伝えるメッセージだと感じた。 

 でももう1人の愛人である山崎富枝さんとあんなド派手な心中したし、太田静子という愛人作って子供をこさえているし私のセンチメンタルかなあと思っていた。

 だが「心映えの記」を読んでストンと自分の中に納得感があった。
 ただ太田静子さんも、太宰が生きている頃からそれを見抜いていたわけではないと思う、幾らなんでも。
 太宰が死んで、年月が過ぎて、色んな事柄が削ぎ落とされて見えた真実ではないだろうか?

 大宰夫人である美知子さんが亡くなられた時に、遺族の方が未発表の太宰の遺書として公表された中に
 「美知様 誰よりもお前を愛していました」  
 という一文があった。
 それなら何故愛人こさえて、愛人と心中するのかと思うが、凡人には全く理解出来ない天才作家の性なのかなと思う。
 妻を愛し、家族を愛していても、どうしてもその安息に身を置けない。どうしようもなく破滅の中にしか安らぎを感じられない。
 それこそが津島修治という個人を太宰治という作家に至らしめているものだと思うけど。
 天才も大変である。

 美知子さんは彼女の生前にこの遺書は公表されなかった。公表されていれば美知子さんに対する雑音ももう少しトーンダウンされていただろう。
 公表せずご自身だけに秘めていた所が、美知子さんの矜持であり強さだなと思ったよ。

 ただ太宰って残酷だなあと思ったのはあれだけ献身的に尽くし、何もかも捨てて太宰と一緒に死んだ山崎富枝さんの事を作品に書いていないのである。
 美知子さんは何度も作品に書かれ「ヴィヨンの妻」という傑作を生み出させている。
 勿論家族という身近なテーマが作品にし易いというのもあるが、それでも山崎富枝さんが可哀想になる位作品に反映されていない。

 よく太宰の一番愛してた人間は誰かと余計なお世話な興味の対象になっていたが、結局の所、愛人の静子さんも、妻の美知子さんもそれは知っていたのである。

 ああドラマだ



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