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2010-06-09 (Wed)


 「デジ・ボウイ」
 中学校三年の直樹は将来の受験の為に父親の海外勤務に伴いチュニジアにいる家族と別れ、勇おじさん一家と暮らすことになった。
 おじさんの家にはおじさん夫婦と高校生の寛子、小学生の結季、そして直樹と同い年の彰文がいた。
 彰文はほとんど勉強しなくてもトップクラスの成績で直樹はライバル心を燃やしていた。
 だが一緒に暮らしている内に彰文が相当の変わり者である事を知る。無感動、無感情で欲望も無く、いつもクールで淡々としていた。
 直樹はどんな事があっても感情を露にしないしない彰文にだんだんイライラした気持ちを抱き、色々とうるさく注意するが暖簾に腕押し的にまるで効果がなかった。
 結局そりが合わないのだと自分に納得させるがその矢先に直樹はある事件に巻き込まれる。

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 乃南さんも短編の上手い方だけどこの短編集はまあまあかな(エラそうです)。
 主人公は皆愚か者で読みながら、
 近藤雅彦の「愚~か~者よ♪♪♪」 (この歌知っている人どれ位いるのだろう)
 のサビ部分が頭の中にこだましていた。
 主人公達の愚かぶりを馬鹿だなあと思いつつも自分はこんな風にはならないなと、彼らの愚かぶりを読書のつまみにしていた。
 悪趣味である。

 その中で唯一「デジ・ボウィ」だけが他の短編と違う風味に仕上がっている。私はこういう異端者の物語が好きなのだ。
 主人公直樹の従兄である彰文はロボットのように感情がない。何あっても気持ちがブレたりする事かなく、周囲の人の事も自分の事すらにもまるで関心が無い。
 当然だがそんな彰文に生きている実感は無く生への執着も薄い。なんだか彼がとても気の毒というか可哀想だと思った。
 勿論実際彰文のような少年がいてその人間に気の毒というか可哀想だとか言っても彼はなんの事か全くわからないだろう。
 世の中には生まれつき人間として大事な何かが欠けて人間はいる。病気だからとか、つらい目に合ったからとうのでもなく、本当に最初から無いのだ。だから努力とか治療とかで改善出来る余地は無い。
 こういう人間は痛切に「哀しさ」を感じてしまう。
 欠けているのは本人のせいではないし、元から無いから取り戻す事も出来ないので切ない。

 逆に直樹は熱血な活力に溢れた少年で悔しい事があれば悔しがり、怒る事があれば怒り、笑う時は笑うというごく普通の少年である。
 全く対照的な2人の少年の絡み合いが物語を盛り上げている。2人の噛み合わなさというか互いに互いが全く理解出来ない感がよく書けていて、個人的には直樹の方に感情移入してしまうが彰文にも彼の喪失されているものに対して惹かれるものがあった。自分も異端者なのかな思う。

 ラストは意外であった。
 他の短編の流れでなんとなく手加減の無いラストだろうなと予想はしていたけど、ただ他の作品とは違ってある意味感動というか救いを持つ終わりになっておりこんな心揺さぶられる展開が待っているとは思わなかった。
 あの終わり方を救いというのは語弊があるような気もする。そう言って良いのだろうかと。
 彼の行為は突拍子もなくてそのありえなさが異端者振りを深めているけど、でも他人に関心もなく関わる事も無かった彼が咲かした唯一の花のような気がした。
 多分彼なりの咲き方に救いのようなものを感じてしまった。

 こりゃ一本取られたラストであった。

  
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| 乃南アサ | COM(4) | TB(0) |















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