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2010-03-14 (Sun)
   

 早くに夫を亡くし、娘の深草(野波麻帆)とふたり暮らしの山岡照恵(原田美枝子)は、昭和29年に結核でこの世を去ったアッパー(父)・陳文雄(中井貴一)の遺骨を探していた。そんなある日、彼女の異父弟・武則(うじきつよし)が詐欺で捕まったという知らせが届く。30年ぶりの弟との再会に、照恵の脳裡に蘇ってきたのは、幸せだとは言い難い幼い頃の母親との関係だった──。文雄の死後、施設に預けられていた照恵を迎えに来たのは、かつて父によって引き離された筈の母・豊子(原田美枝子/2役)だった。ホステスをしている豊子にバラックの家に連れていかれた照恵は、そこで新しい父・中島武人(モロ師岡)と弟・武則と引き合わされる。やがて中島と別れた豊子は、ふたりの子供を連れて“引揚者定着所" に住む和知三郎(國村隼)の部屋へ転がり込む。和知は傷痍軍人をいつわり街角で施しを受けている男で、子供たちには優しかった。しかし、この頃から豊子の照恵に対する折檻が、日増しにひどくなってゆく。照恵が文雄の形見の手鏡を隠し持っていたことを知っては殴り、友達と花火を見に行く小遣いをねだれば蹴り、和知の前で着替えることを恥じらえば打った。ーgoo映画より





 この作品の最大の「大変よくできました」は勿論主人公の原田美枝子さんだと思う。
 虐待をする鬼母豊子と成人後の清楚な娘照恵の二役を演じていらっしゃるが全然別人なのである。女性は髪形、服装やお化粧で随分印象が変わるがそういう小手先部分ではなく、別の女優が演じているのではないかと思う位の演じわけが凄い。女優という「生き物」の真骨頂を知る思いがした。

 この映画テーマがテーマだけには虐待シーンが多い。鬼母がこれでもかこれでもかと思う位に娘を折檻する。手で叩き続けると痛いから物で殴り倒すシーン等は妙にリアリティを感じてビビッてしまった。
 美しい原田さんが本当に鬼婆に見える位凄まじい虐待シーンの数々である。
 でもそれなのに何故か母親は本当の所は娘を愛していないわけではないんだろうな思ってしまう。そういう辺りのさりげないエピソードの挿入が上手い。
 DVDの表紙写真になっている娘に髪を梳かしてもらうシーンで梳き方が上手いと褒めるのだが、その時の母親の表情は一瞬だが心の奥底に沈殿していた感情が吐露した感じであった。
 母親も恵まれない幼少時を過ごしている事がわかるが、それ故に愛し方を知らないだけなんだろうなと感じてしまう。
   
 娘は執拗に虐待され続け結局耐え切れず家出をしそれ以後母親とは音信不通になる。そして実の父親や義理の父親の遺骨を探す。それは亡き夫達の供養もしない母親への意地であった。
 でも彼女もまた母親への愛情を捨てきれない。結局母親の愛情を乞い続けたのだと思い知る。
 どんなにどんなに叩かれ打ちのめされても「髪を梳くのを褒めてもらった時嬉しかった。かわいいと言って欲しかった」と1人娘へ語る姿は切ない。ほんの一滴の愛情をかみ締め続けるのを見ると子供にとってどんな親でも親なんだよなと。
 自分をこの世に送り出してくれた存在を絶対的に否定する事は難しい。 

 愛し方は意志でもあると思う。「子を愛さない親はいない」と言うが叩かれてぶたけて愛を感じ取るなんて無理である。以前も書いたが親はちゃんと子供に自分は愛されていると理解させる愛し方をすべきだと思う。愛する事と愛を伝える事は全く別である。
 愛し方を知らないのは不幸だけど、抱きしめてあげる事位は出来るのではないだろうか。それともやはりそんな些細なことも「愛を知らない」と難しいのだろうか。
 娘は虐待を受けて育ったが、決して母親のようにはなるまいと強い意志で1人娘は愛情をかけて健やかに育てた。それがこの物語の救いの一つだ。
 
 愛する事を考えさせられる作品だった。

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