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2010-03-13 (Sat)
   

 天才バッティングコーチと言われた高畠導宏。
 才能が有りながらもケガの為に短い現役生活を退いた後、打撃コーチとして才能を遺憾なく発揮し様々な名選手を育てていく。
 彼の教え方は臨機応変の型に嵌らないやり方で、その選手にとってのベストな練習法と打撃方法を教え、褒めて伸ばす事に主眼を置いたものであった。
 そんな彼が50代半ばで甲子園での全国制覇を目指すために高校教師へと転身する。だが監督業に就く目前にガンが発見され還らぬ人となる。
 常に選手の影として自分を語ることなく野球人生に邁進した姿を後輩であった著者が愛情を込めて綴る。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~    正直に書こう。
 「私は野球が大嫌いである!!!」
 何故なら私が幼少時の折はビデオという文明の機器が登場しておらず、見たいテレビ番組はことごとく父親のナイター観戦に潰された。。。それ故私にとってプロ野球シーズンの4月から10月は魔の期間であった。見たいテレビ番組があっても野球の為に見れず何度も涙した幼い頃の自分を思い出す。

 だから「野球」という単語は私にとって鬼門なのだが、いつも遊びに行かせて頂いているとこさんのブログ「ぶんげいたんさく」に紹介されていた記事を読んで興味を持った。

 野球を「ボールをバットで打つスポーツ」という認識しかない野球オンチの私でも十分堪能出来る作品であった。高畠氏の人生を語ると共に野球の歴史の一部もかいま見せてくれる。
 特に「諜報戦」と言われた時代の野球の話は面白かった。
 とにかく相手チームのサインを如何に盗むか、そして盗んだサインを上手く味方に伝え、また自分達のサインも相手にさとられないようにするかという文字通り「スパイ合戦」が昭和40年代から50年代に盛んに行なわれたものらしい。
 盗聴器や発信機まで登場し、一球事にサインを変えていくという不毛な消耗戦とあいなった。
 だが投手の投げる球種がわかっていても打てない時は打てないというのがスポーツというものの面白さの一面だなと思った。

 この本はあとがきに書いている通り、今自分の生き方に悩んでいる迷っている人、夢をあきらめそうな人そういった方々へ必ず何かを残してくれる。
 「才能とは逃げ出さない事」「平凡の繰り返しが非凡になる」 
 高畠氏が野球人生に誠実に邁進された中で掴み取った言葉の数々は確かな事実として心に染みる。
 私も拙い人生の中であきらめない事こそが才能だと感じている。例えどんなに才能があったもあきらめたらおしまいだからだ。
 でも「あきらめない」というのは特別仕様の才能ではなく、誰もが心意気次第では才能に出来るものだという部分に希望がある気がする。
 
 高畠氏の50代半ばのトラバーユというのはさすがに驚いた。
 もう50代といえは多くの人は諦観というかまあ熱いエネルギーのようなものは削ぎ落とされている年代と思う。
 それで新たな事を始めようとされるのだか凄いと思った。その源は「情熱」なのだろう。
 ある本に「人は何歳からでも始められる」という言葉があったがそれを思い出した。
 情熱とあきらめない気持ちがあればその人生の終わりの一滴まで味わい尽くせるんだなとしみじみ思った。

 でも野球はやっぱり好きにはなれないが。

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