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2010-01-13 (Wed)
 

 新井和也は下町の商店街にある「アライクリーニング」の1人息子。家業を継ぐ気はさらさら無く就職活動に精を出していた。
 なかなか就職が決まらずあせる中、父親が呆気なく急死してしまう。成り行きというかその時の場の勢いで家業を継ぐ事になった和也だが思っていた以上に大変な仕事に色々迷いが出る。だが様々な人々に助けれながら日々仕事に向かい合っていくうちに次第に仕事に対する誇りが芽生えていく。
 そしてその日々の中で向こうから転がってくる「些細な謎」を友人の沢田にもちかける。
 彼は物事の本質を見抜く目を持っている驚くべき「安楽椅子探偵」であった。


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 この本は時折りお邪魔させて頂いているのびんこさんの紹介記事を読んでなんとなく、
 「ピンッ!!!」
と来るものを感じ借りてきた本である。
 
 カテゴリー的にはミステリーなのかもしれないけど、死体は全く出てこずあくまでも主人公の和也の身近にある「些細な謎解き」がメインディッシュである。
 それに加えて和也の成長物語とも言える。
 この年になるとこういう若者の成長物語はお姉さんおばさん目線」で読んでしまう(お姉さんという言葉は遠慮しました)。
 自分が若い時に通った通学路を若者が通っていく姿はなんとも微笑ましく、悩んだり迷ったりする姿はかつての自分であり「ああそういや自分もこんな時代があったよなあ」と感慨を持ちながら読んでいた。
 「まわる~まわるよ~時代はまわる~♪」
と中島みゆきの歌頭の中を流れてきた。

 でも作品に書かれているような和也の商店街の人達と触れ合いやお節介な家族や従業員の交流といった濃い人間関係は、昔というか若い頃の私にとっては鬱陶しいものだった。
 重いというかわずらわしいというのか、とにかくそういう類の人間関係が私は好きではなかった。この作品に出てくる言葉を使うのなら「地面とのつながり」が若い頃の私は苦手だった。
 孤独であっても身軽な自由さという方が好きだったし、寂しさがあっても気楽だった。若かったのだ。

 でも年を取ると地面が恋しくなってくるのである。かつて自分が捨てたというか拒否したものがこんな風に懐かしくなってくるのが不思議だ。これが「年を取る」という事なのかとしみじみ最近思う。
 私も地面に根付く根っこが欲しいと、作品の中で和也が様々な人間と交流しているのを読みながら願っていた。
 地面に根っこがあるからこそ自由に飛び回る事が出来るのである。戻れる場所があるから安心してどんな遠くへもいける。
 地面に根付く鬱陶しさは消えないけど、その鬱陶しさが根付く肥やしにも成るのだというようやくわかった。
 
 読んでいて年を取った事を痛感してしまう作品だったけど、こういう読み方をするの自分はつくづくフェチだなと思う。 

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| 坂木司 | COM(4) | TB(0) |















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