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2010-01-09 (Sat)
   

 「ユダヤ人強制収容所」、ん十年前に確かにこの世に存在していた忌まわしき場所。
 心理学者であるフランクルはユダヤ人が故にそこへ連行され、想像を絶する悲惨と絶望を味わい尽くす。
 だがまた一方でも人間の失われる事の無い精神の崇高さも書かれている。 
 人間の愚劣さと偉大さを冷静な文章で書き綴ったノンフィクション。


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 いつも仲良くして頂いているKOZOUさんがこの本を紹介された記事を読んだ時に、
 「これは読まねば!!!」
 と図書館にリクエストしお正月休みに読んだ。
 ユダヤ人迫害関連の書物を読んだのはこの本が初めてであった。「アンネの日記」とかは私のようなヒネ者の少女時代を過ごした者には「赤毛のアン」と同様の鬼門なので読んだ事がなく、ユダヤ人への迫害の凄まじさにただただ驚いた。
 強制収容所での体験談が凄まじい。あまりにも内容が苛烈で逆にリアリティを失わせるくらいである。書いている内容が「事実」を突きぬけ「物語」に近くなるという感じだろうか。でも勿論紛れもない事実である。
 人が人に対してこういう事が出来るのが驚きだった。時代の狂気だったのかもしれないが、それにしても人間としての尊厳を守るブレーキを利かせるものがなければ人はどこまでも鬼畜になれるそういう「魔物」を飼っている生き物でもあるんだなと思った。

 読んでいて人間は結局「生きるように出来ている」んだなあとしみじみ思う。
 どんな劣悪な環境であっても肉体や精神がその環境に慣れていく。言い換えるのなら生きていけるように精神や肉体がその環境に沿うように変えられていく。人間の生命の神秘さを感じさせた。

 私がとても感動したのが仲間の1人が沈み行く太陽が美しいと仲間たちにも見せようと呼びに来て、仲間たちが労働でへとへとなはずなのにその光景を見るためにへたりこんだ床から起き上がって見に行く。
 『 誰かが言った。「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」』
 ここはシビレた。シビレまくった。
 彼らのその時の立ち位置は美しさからは程遠い場所にいたはずである。死にどっぷり漬かった環境だったのだから。
 その時の彼らの心に沸き起こった感情はどういう物だったのだろうか?
 美しいものを見て単純に感じる束の間の生きている喜びをかみ締めていたのだろうか。
 極限の絶望の最中であっても美しいものを「美しい」と思う事の出来る人間の愛おしさを感じた。

 著者の方は幸運にも生きて帰ってこられたけど、でも生涯強制収容所の体験は彼の人生に大きく残り続けてるだろうなと思う。
 よく「癒せない傷は無い」と言われるけど、ある一定のレベルを凌駕してしまったトラウマは「消えない傷」としてその人の生涯と共にあると思う。
 もうそのトラウマを体験する前の自分には決して戻れない。その傷を持つ自分が新しいアイディンティティになる。 そうなるとその傷とどうやって生きていくかがとても大事なんだろう。
 
 お正月早々ディープな読書日和だったけど、餅食べながら読書するのは申し訳ないようなような良書であった。

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