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2009-12-23 (Wed)
 

 現職の警察官である「梶総一郎」という男が若年性アルツハイマーの妻を殺害する。
 真面目で誠実という評判の高い梶は1人息子を13歳で白血病で亡くしており、その息子の命日を忘れてしまった妻のまだ息子の記憶があるうちに母親のままで死にたいという懇願に負けての止むを得ない嘱託殺人であった。
 罪を認めるも妻殺害後の自首をするまでの二日間の詳細は喋らず半落ちの状態であったが、これ以上泥を塗られたくない警察上層部の思惑で被疑者の内面が明るみに出る事なく検察、裁判所、刑務所とゲームの駒のように進んでいく。
 後顧の憂いのない天涯孤独となった梶は何故死を選ばす警察に泥を塗り、妻に手をかけた慙愧の思いを抱えたまま自首をして来たのか?
何故今は生きる事を選択しているのか?

 「梶総一郎」という男に関わった警察官、検事、弁護士達は彼の人間性と生き様に触発されて、私欲を超え彼を死なせまいと画策する姿をそれぞれの視点から描かれている。


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 「第三の時効」の記事を書いた「たぎる血」で横山さんの作品に出てくる男達は粋だと書いたが、この「半落ち」に出てくる男達も粋な男達である。独身なら誰か1人でもいいから婿に来て欲しいと野望を抱いた位だ。 

 この作品が面白いと思うのは、その男性諸君が梶という男性を鏡として反射光のように各々が自分の内面を掘り起こしていくのである。梶を通して今の自分の生き方を直視するというのだろうか。
 社会の中で大人として生き続けるうちに自分の感情に見て見ぬふりをしなければならない部分も出てくる。そうしないと「社会」の中では生きづらくなるから。押し殺した感情が鈍化していく。
 だが梶という男の持つ「物語」に熱い心が蘇ると言うのか心意気が呼び起こされるというのか、「梶という男を救いたい」という気持ちに駆られていく様がイイ!!!

 それは1人の刑事が語ったように「ひとつ位は自慢話を持っていたい」というロマンチズムでもあるのだろう。
 男の人は女性よりずっとロマンチックだ。宝箱に自分だけの宝物をそっと隠して悦に浸る(女性なら見せびらかすけど)。
 そして老後になった時にその自慢話で一杯やるのはそりゃあおつだろう。割きイカよりずっと上等な酒のつまみになる。  

 この作品で私が一番印象に残ったのが梶が妻の懇願を受け入れて手にかけた行為を、
「梶の行為が優しさだというのなら、優しさなどこの世になくていい。殺さなかった優しさを選ぶ」  
 と言った言葉である。
 この言葉を目にした時変な言い方だけど正直ホッとしたというか、よく言ってくれたという感じがした。
 それまでは梶の行為を心情的に理解出来ると消極的ではあるが止むおえない結果だという登場人物が多かったのだが、明確に「否」と突きつけたこの言葉にハッとさせられた。私も同感だからである。

 アルツハイマーや痴呆の方の介護は私が想像している以上にご苦労されるのだと思う。その苦労というのはあらゆるキレイ事を吹き飛ばす程の労苦なのだろう。
 梶の行為は心情的には理解出来る。自分が同じ立場に立ったら同じ事をしないとは言い切れない。
 それでも今現時点の私の立ち位置からは、梶の行為が「救い」をもたらすものであったにせよ優しさと言いたくない心情だ。
 手にかけて命を絶つ行為はいかなる理由があるにせよ「優しさ」に類するものではないと思うから。

 梶が絶望のうちにあって「死」ではなく「生」を選択したのはある「絆」の為であった。
 人は絶望の中でも希望の光があれば、絶望してるわけではないがその光を持たない者より、ずっと生を力強く生きていく事が出来るのだと思わされたラストシーンであった。 

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| 横山秀夫 | COM(6) | TB(0) |















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