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2009-12-09 (Wed)


 茜沢圭は死期が間近かに迫っている松浦武三という老人から、35年前に見知らぬ女性に託した息子を探して欲しいと頼まれる。
 彼は三年前にある事故で妻子を亡くし刑事を辞め、今は私立探偵を生業としていた。
 松浦老人から頼まれた人探しと平行し、自分の妻子を殺したであろう駒井伸行の犯人である証拠固めに動いていた。
 だがその終着地点でおもいもかけない「真実」に出くわすことになる。。。。。。


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 この作品はサントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞した作品である。
 
 今まで幾つかサントリーミステリー大賞の作品を読んだがミステリーという観点から言うならば、
 「ほほー」 
 というカタルシスが得られるわけではない。
 だけど読んできた作品の中には見られない「深さ」があった。それ故印象に残った。

 こういう賞を取りにいくなら人物描写やトリック、ストーリー展開そういうものを練って作品を創り上げると思う。
 「深さ」は狙わないはと思う(と言っても「深さ」が狙って生み出されるものではないと思うけど)。
 でもそれが副産物的なものであったとしても、こういう賞レースの作品に盛り込めた作者さんの手腕は拍手である。

 主人公の茜沢は過酷な現実の中にいる。愛する妻子を事故で亡くし、そしてラスト辺りで過酷な「真実」を知る事になる。
 茜沢の言葉の、
 「現実は苦い。~だが俺はそれを受け入れる。その運命を生きる以外に真実は存在しないからだ。その真実の上にしか生きる喜びも希望も生まれないからだ。~人を救うのは人それ自身の心だ」
 にはシビレた。

 「現実」というものは時折本当に苦しく過酷な時がある。そういう時は当然逃亡したくなる。
 私も何度逃亡してきただろうか(遠い目)。。。。 
 でも逃げまくって気がついたのは「逃げても仕方がない」という事であった。当たり前の真実だけど頭で理解しているのと実感するとではわけが違う。それを実感出来ただけでも逃げた甲斐があった。
 私は逃げる事自体が「否」とは思っていない。いつか時間が掛かっても元の場所に戻ってくるのならそれはそれで有りだと思う。

 人はどうしても苦しい時に何かの救いを求めてしまう。それは宗教であり薬であり救ってくれる誰がであったり。
 でもまず受け入れてみる事から始めて見ればいいと思う。そうすれば解決へのスタートラインには立てる。
 おまけにお金もかからんし、安全無害。 

 私も自分自身を救えるのは自分しかないと思う。自分こそがヒーローなのだ。
   
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| 笹本稜平 | COM(10) | TB(0) |















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