123456789101112131415161718192021222324252627282930
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2009-11-25 (Wed)
  

  脳神経に障害を持つ7人の患者達の物語。
  事故の為に全色盲となり周囲が白黒の世界にしか見えなくなった画家。
  激しいチック症状を持ちながら抜群の腕を持つ外科医。
  「火星の人類学者のようだ」と呟く自閉症の動物学者等。
  彼らが障害をアイディンティティとして受け入れ、困難と呼べる人生を生き抜いてく姿が著者の温かみのある目線で描かれている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  
 この作品に出てくる人達は脳に障害を持っている。
 その障害が故に困難と苦悩が伴い、一般というものさしという基準でみれば特殊な状況で生きていくことになる。
 でもだからといって彼らの世界が閉ざされてしまうわけではなく、障害を補う形で別の新しい「世界」が用意されるんだなあと思わせてくれる。
 障害や欠陥が潜在的な力を引き出して新しい能力が備わる。人間の持つ生命力というのは幾らでもチャンスというものを用意していて懐深いのである。 
  
 私が一番印象に残ったのが表題「火星の人類学者」の主人公であるテンプル・グランディン。
 彼女は自閉症の中でも高い知能を持つアスペルガー自閉症で博士号を持ち事業を経営するという経歴の持ち主である。
 テンプルは病が故に愛情とか感動といった「人間の深い感情」というものを持てない。
 自閉症の少年の母親が亡くなった時の「自閉症だからあまり悲しくない」という言葉がこの病気の悲しさを端的に物語っている。
 人の言葉の真意や言葉に現れない感情などわからないテンプルは何年もかけて「膨大なライブラリー」をつくり、それを心の中で再生して人の行動を認知する。
  だから彼女にとって他人とは異邦人や宇宙人のようなものである。

  テンプルの悲しさが響いてきた。
  自分が異質で特殊な世界に生きているという自覚はつらいものがあると思う。
  多分だいたいの自閉症者はそういう意識はなく自分の完結した世界で生きられていると思うが、彼女はなまじ高い知識とある種感受性(という言葉が適切かわからないが)があるので「知っている」のである。
  知っている事が幸せなのか、知らない事が幸せなのかは迷う所だけど。
  読んでいて障害故にそういう感情は持てないだろうけど、障害を超えた部分(くさいセリフなら魂)では多少感知されている気はした。
  
  でもそうであってもテンプルは、
 「もし、指をパチンとならしたら自閉症が消えるとしても、わたしはそうはしないでしょう。なぜなら、そうしたらわたしがわたしでなくなってしまうからです」
 とも言っている。
 そう言えるのは彼女の聡明さなのだろうか。

 私は心の病が指パッチンで消えるのなら、
 「是非お願いします」
 と頭を垂れる。
 心の病が私のアイディンティティではあるとは思う。もし心の病がなければ私は今とは全然違うタイプの人間になっていたと思う。
 でも現時点は受け入れているわけではなく、共存しているという方が正しい。消えてくれるのなら余計な荷物は背負い込みたくないというのが本音である。人生未熟者なのかもしれない。

 障害を持つ世界が健常者の世界と比べれば異質であったとしても、障害が生み出した世界なりの安らぎも喜びもあるのだという事実は救いである。

  ランキング落ちているので、ぽちっと押してやって下さい。 お願い致します。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村

| ノンフィクション | COM(5) | TB(0) |















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。