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2009-11-14 (Sat)
 

 木村明則さんの作るリンゴは「奇跡のリンゴ」と言われている。
 それは限りなく不可能に近いと言われている無農薬栽培で作られているからだ。
 リンゴ農家の人にとって農薬栽培は常識以前の内容であり、専門家さえ今もって不可能に近いと言われている。
 木村さんの作るリンゴは「樹の実」と呼ぶにふさわしい食べ応えであり、普通切ったリンゴはそのままにしておくと腐るのに、木村さんのリンゴは腐るのではなく枯れて甘い匂いを放つ。
 だがその成功にたどり着くには八年にも及ぶ苦闘があり、一度は死さえ考えた事もある。
 そんな木村さんの無農薬栽培チャレンジへの記録。


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 私は今まで書いてきた記事の中で幾度なく繰り返し書いている内容がある。
 それは「あきらめない事の大切さ」である。その為には信念が必要であり、希望を捨てないことだとよく書いている。
 何故何度も書くかというとそりゃあもう自分があきらめない事の難しさに苦しんでいるから自分を励ます意味で書いている。 
 そんな私はこの本を読んでカンフル剤を打たれた気分である。

 私はこの本を読むまで無農薬栽培リンゴがこんなに難しいものとは知らなかった。
 現在私達が食べているリンゴというのは農薬を使う前提で品質改良された代物らしい。だからリンゴというのは農薬の力無くしては病害虫と戦う事が出来ないか弱い乙女のようである。
 それなのに農薬を使わなければ当然リンゴ畑は、
 「えらいこっちゃ」
 になっていまう。
 木村さんのリンゴ畑は病害虫の巣窟となりリンゴの木は枯れ何年も花を咲かせなくなる。

 無農薬栽培実現の為にあらとあらゆる方法を試すがなかなか結果が出ない。努力しても努力しても手応えがないと信念があってもつらいし、自分自身の精神が磨り減っていく。
 その苦しさは私も現在暗闇の中を模索している最中なので理解出来る。ただ私の場合は養う家族がいないから自分一人の課題に出来るが、ご家族がいた場合どうしても巻き込まざるおえない所が更におつらかっただろうなと思う。
 なんせ日本が高度成長時代の最中で青森のリンゴ農家といえば裕福なはずなのに、木村家だけが戦後さながらの「現代版貧窮問答歌」のような極貧生活を送っていたらしい。
 それでも一家全員に理解があった事は糧になったと思う。

 やがてそんな木村さんにも「疲れ果てる日」がやってくる。
 思いつく限りの策を試したがどれも結果を得られず万策が尽きたと思った時、死ぬためにロープを握り締めて山の中に入っていく。
 そして死のうと思った場所で木村さんは無農薬栽培のヒントを目にする。森の木々や植物は農薬の助けなく育っているに気づくと、死ぬ事も忘れてへ再度チャレンジする。
 これが小説なら私は迷うことなく、
 「話がうますぎる!!!」
 と突っ込みまくる。
 だが河合隼雄先生の対談集の記事日本一の聞き上手で「外から見る限り「偶然」としか呼びようのない「うまい」ことが起こる。不思議としか言いようがないし、また「当然」とも呼びたいことが起こる」と書いている通り、本当にうまいことって起きるもんだなと思った。
 恐らくどんな些細な希望でも捨てず努力し続けていると目に見える形での結果にすぐ繋がらなくても、自分の望む世界の細胞はちゃんと創られているのかなとも思った。

 この本を読んだ時自分の考えは間違ってはいないんだなと。あきらめる事無く前向きに努力し続ければ必ず願いが叶う「いつかの日」がやってくるのだと思う。
 ただその過程の苦しみをどう折り合いを付けていけばよいのか悩んでいた。
 でも私が苦しむのは「努力」だからなのかもしれない、木村さんがおっしゃるように「バカ」になれば心の雑音は気にならないのかもしれない。

おバカキャラになれるだろうか?

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