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2009-11-11 (Wed)
 

 ある1人の幼児が風に吹かれて倒れてきた街路樹の下敷きとなり亡くなった。
 それは一見人災事故以外の何物でもなかった。
 だがある観点から見た時それは殺人と呼べるものでもあった。
 幾人かの人間のちょっとしたモラル違反が連なり、結果として1人の幼児に死をもたらしたからだ。

 この一件に関わる人々が事故を起こす契機となるエゴイズムの過程と、事故後、被害者である幼児の父親の「何故我が子は死ななければならなかったのか?」を追い求め、残酷な現実に直面していく姿が描かれている。


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 *ラストのネタばれ有り!!!

 久々に「怖い小説」を読んだと思った。と言ってこの作品はホラーではありません。
 ホラー小説は怖さの対象がわかっている、それは幽霊だったり、狂人であったりと。
 だがこの小説の怖さはそういう明確な対象がない所である。不特定多数のやりきれない現実の数々が怖かった。
                           
 この事故で明確に法によって裁かれるのは街路樹の診断を心の病により怠った業者の男性だけである。彼は不潔恐怖症の為に犬の糞が放置された街路樹を診断出来ず、それが倒れてしまい事故が起こる。
 彼は心から悔い、そして彼の家庭は崩壊する。
 だが犬の糞を放置した者、それを片付けなかった市役所職員、自動車を乗り捨てて救急車の行く先を阻んだ者、診療拒否した自分勝手なアルバイトの医師等は裁かれる事なくいつも通りの日常を送る。

 ちょっとしたルール違反というのは誰しも覚えがあると思う。生まれて現在までそんな事したことない人間なんていないだろう。
 「自分だけなら、一回だけならいいだろう」という些細な自分勝手は社会の至る所で毎日起こっている。
 この作品に出てくる困ったちゃんは自分でもあるのだ。キャラを立たせるためにアクのある人物造形になっているが、自分もなりうる可能性のある自分自身の姿ともいえる。
 そこが怖かった。 

 読み進めていくうちに被害者の父親である加山の絶望が心に迫って来た。
 個々の身勝手さが我が子を死に追いやったとしても、それらは法律では裁けない。
 そして糾弾すると誰しもが罪悪感を持ちつつも「たががこれ位の行為で」と自分の行為を罪と認めず謝罪しない。
 モラル低下の現代社会のひずみの深さをみるようだ。
 くどいがホラー小説ではないのに私は読みながら何度も、
 「ごっつう、怖いっす」
 と呟きながら読んだ。
 
 と同時に小さなモラル違反を「犬の糞を始末しなかったあんたは人殺しだ」と罵る加山に「それは言い過ぎじゃないかな」と思う自分もいた。そしてそう思う自分に罪悪感を覚えた。
 ちょっとした身勝手さが積み重なって我が子の命を奪ったのなら、その一つ一つに憤るのは当然とは思う。    でも皆仏様ではいられない。
  誰しも自分の些細なルール違反が結果として人の命を奪うとわかっていたら決してそんな事をしないだろう。 それを想像力が足りないと言い切るのは厳しい。
  でもそう思う私は知らぬうちに現代社会の病理に病んでいるのかもしれない。
  自分の些細な身勝手な行動が思わぬ波紋をもたらすことも、決して現代社会ならないとは言い切れない怖さを感じた。
  
  貫井さんの作品のラストは劇苦のものが多いがこれも同様のゴールを用意されている。
  ネタバレになるがラストで加山自身も自分のした些細なモラル違反を思い出し、自分もまた糾弾した人間と同じと気づき、自分が子供を殺したのかと絶望するシーンは寒気がする位怖かった。

 ホラー小説より怖い小説だった。 
 
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| 貫井徳郎 | COM(3) | TB(0) |















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