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2009-10-28 (Wed)
 

  「満月」は「キッチン」(心のキューピーコーワ)の続編。

 えり子さんが気の狂った男に殺されてしまう。
 既に田辺家を出て自分の世界を生きていたみかげであったが、今度は大事な人を亡くした雄一の為に再度戻ってくる。
 もう以前と同じ世界を取り戻す事が出来ない場所で、互いの間に漂う喪失感や不安を恐れそこから逃がれようともがきながらも、光のある方向へ向おうとする2人の姿が描かれている。

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私はよしもとさんの衝撃のデビュー作「キッチン」よりも続編の「満月」の方が好きというひねもんだ。
 「キッチン」は愛する者を無くした喪失感を癒す物語だったけど、「満月」は愛する者を無くした者がその「喪失感」潰されそうになりながらも生きていこうとする再生物語といえる。
 
 この物語においてえり子さんという存在は偉大すぎて、その輝きが喪われた時の喪失感が痛い。
 架空の人物のはずなのにその「喪失感」が私の心にも響いた。
 でもみかげと雄一がなんとか明るい方へ明るい方へとはうように生きる姿が愛おしい。
 
 この作品で一番印象に残ったのが次の言葉である。
 「世界は別に私のためにあるわけじゃない。~自分では決められない。だから他のことはきっぱりと、むちゃくちゃ明るくした方がいい、って。」
 これは首がもげそうになる位同意する。
 自分を巻く世界が容易に変えられないのなら、自分のいる世界は明るく生きて創り上げたいと私も思う。
 でもそう思えるようになったのは苦しみの闇の深さにうんざりし、明るさの持つ救いを知り開き直れたからだ。
 
 この作品は「食べ物」に関する描写がよく出てくる。
 みかげ自身は料理研究家でありそれに関わるシーンや、みかげが作った大量のごちそうを2人は食べまくり飲みまくるシーンが出てくる。
 食べ物に関するシーンは暗いトーンの中で力強さを感じさせる。
 そういう描写を読んでいると生きることはつまる所食べることだなと思った。食べるという行為に生命が宿っているのだと感じる。
みかげも雄一もその生命感によって支えられる。

 ラスト辺りでみかげが「めぐり会いのようなすごい美味しいカツ丼」を食べる。
 そしてそのカツ丼を持って失われそうな雄一との繋がりの糸を手繰り寄せようと会いに行く。
 雄一君がみかげに言ったセリフ。
 「こんなカツ丼は生涯もう食う事はないだろう。・・・・・大変、おいしかった」
 このシーンを読んで
 「ああ、カツ丼が食べたい!!!」 
 と心底思ってカツ丼食べに行った。普通に美味しかった。
 
 五感に訴える物語は凄いと思う。
  

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