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2009-10-10 (Sat)
  

 顔に手術や治療で治療出来ない傷やアザ、やけどを持った普通の顔を喪った方々。
 彼等には厳しい現実があり、その苦難をもがき苦しみながらも光のある方向へと生きようとする。
 そんな彼等が顔写真を公表しつらい過去を語り、何かしらを乗り越えた現在の思いを綴った物語。


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 「人は顔じゃない!!!」
 という言葉は私のように容姿に自信のない人間からしたら、
 「おっしゃる通り!!!」 
 と合いの手を入れたくなる。
 勿論この言葉は一面は間違ってはいないと思う。
 でも、この本を読むとやはり外見は重要な要素だという厳しい現実を認識させられる。

 私が大人になってから使いにくい言葉が、
 「わかる」という言葉と「頑張って」という言葉の二つである。
 本当に共感出来る立場でなければ軽々しく「わかる」という言葉は使うべきではないと思うし、だいたいの人は皆頑張っていると思うので「頑張って」というのは言いにくい。
 改めてこの本を読んでこの二つの言葉の難しさを感じた。
 読んでいて共感出来る部分もあるがそれを簡単に「わかる」と思うのは想像力が欠けていると気がするし、頑張って前向きに生きる姿勢に「頑張ってほしい」と思うのはなんとなく気がひける。

 普通の顔を失うというのは想像以上のストレスである。社会生活を送る以上常に好奇な視線にさらされ続ける。
 親しくなれば顔の傷もあざとかも個性だと思うけど、そのカテゴリーに入る前段階のハードルが高くなる。
 好奇な視線も悪意よりもちょっとした好奇心というものが多いのだろうけど、だからこそつらいなあとやるせない。

  私が一番心に残ったのが、ラストに出てくる阿部佐織さんの話である。
  彼女は円形脱毛症だけど髪の毛だけではなく体中の体毛が生えていない。普段はカツラをされている。
  写真を見るとglobeのkeikoにも似た感じのキュートな女性である。
 「私は、髪の毛がないという事実を個性として受け入れることができたんだから。これからも、私はこの個性を大切に生きて生きたいと思う」 
 そう語る彼女はとても良い笑顔で写っているが、この本の出版前に自殺している。
 この言葉に嘘偽りはないと思う。
 でも彼女の明るさもこの言葉も自分を鼓舞する為でもあったんだろうなと思った。

 この本に出てくる彼等は一様に前向きである。何かを乗り越えたからこそ顔を出されたのだと思う。
 でも彼等には乗り越えなければならない現実があったからこその前向きさなのだと、前向きな言葉に潜む重い現実を感じた。
 人は苦難がなければ「前向きに生きる」と自分に言い聞かせたりはない。
 そう生きる事が幸福なのか不幸なのかは自分次第なのかなあと思ってみる。

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