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2009-10-07 (Wed)
 

 作家「森茉莉」。
 大文豪森鴎外の長女でお嬢様として恵まれた環境の中で育った少女時代。
 結婚して二人の息子をもうけるが夫との価値観の不一致で離婚して家を出る。
再婚するも「仙台には銀座も三越も無い」とのことでこれまた離婚する。
 「パッパ」こと森鴎外に愛しされ慈しまれた茉莉は晩年、貧乏でいながら自分流贅沢を営む1人暮らしの中で作家となり小説を書き続ける。
 その森茉莉の「贅沢貧乏のマリア」の人生を作家「群ようこ」が紐解いていく。


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 私にとって「森茉莉」さんは作家板「食わず嫌い」の食材になる。
 食わず嫌いというのはなんとなく敵前逃亡をしているような気分だが、何かのきっかけがないと食べる気がしない。
 そんな私にとって真逆に食べまくっていた群よう子さんが「森茉莉」さんを題材にしたのがこの作品である。

 群さん自身が森茉莉のファンらしいが賛美するわけでもなく適度な距離を持ちながら、ご自身の話を鏡として森茉莉という女性をわかり易く映し出している。そのスタイルは森茉莉の熱烈ファンには物足りないだろうけど。

 森茉莉さんは他人より地上から10cmは浮いているような感覚の持ち主で、
 「困ったちゃんだけど憎めない人」
 という感じを受けた。
 ある部分が欠けていて、その分何かがある人なんだろうと思った。その妙なバランスの悪さ(あるいは良さ)が彼女の魅力なんだと思う。
 でもあくまでも「遠きにありて良き人」であり、実際付き合うのは大変だ。
 
 森茉莉さんの人生双六を読んで、この方って人生そのものが作品だよなあと思った。
 大文豪のお嬢様として幼き頃は女中に「顔を洗うお湯」と命じるような浮世離れしたような生活を送っていた女性が、晩年はゴミ屋敷(しかも地層が出来る位凄まじいゴミ部屋だったらしい)で自分の美意識のお城で1人で暮らすという落差はおとぎ話のようである。

 ふとそのおとぎ話の中で森茉莉という1人の女性はいつから「贅沢貧乏のマリア」になったんだろうかと思った。
 途中までは変わり者であったにしろやはり世間知らずのお嬢様だと思う。その彼女が本当に森茉莉個人を生き出したのは作家になってからではないだろうか。
 功績を残す人間は、運命というもがその人物に「これしかないという器」を用意しているものだと思う。
 森茉莉にとってその器は作家という生業であり、その器を飾るアイテムのとして、大文豪の長女、結婚、貧乏、ゴミ屋敷等があったのだという気さえしてくる。
 
 余談だけど某ブログに載っていた森茉莉の言葉として、
「わたしは死ぬ時、誰も気がつかずポストに新聞がいっぱいたまっていて、おやッと思ってあけたら死んでいた、そういう死に方がしたい」 
とあるが、見事限りなくその状況に近い死に方をしているのだからあっぱれ!!!である。

 そろそろ敵前逃亡を止めて、作家「森茉莉」を食べてみようかなと思う。

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