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2009-09-14 (Mon)
 

 29歳の「僕」は妻と別れたばかりであった。
 お互いを嫌いになったわけではないが、出口の見えない迷路にはまりこんだような生活にピリオドを打った。
 代わりに「とびきり素敵な耳」を持つガールフレンドが出来、彼女との日々を満喫する。
 だが右翼の大物政治家の秘書が現れある特殊な羊を探し出す羽目になり、平穏な日々は終わりを告げ喪失の始まりが幕を開ける。
 その羊を一ヶ月以内に探し出さない場合は「僕」には戻る場所がなくなる。
 「僕」は会社を辞め、とびきり素敵な耳を持つガールフレンドと共にその羊がいる北海道へと向かう。
 そして北海道は行方不明の友人である「鼠」がいる場所でもあった。
 羊をめぐる冒険は「鼠」を探す為の道程でもあった。

 「僕」と「鼠」のラストストーリー。


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 この本を十数年振りに再読した。
 初めて読んだ時は「えっ、何ですか????」の感想を抱いていたことを思い出した。
 
 というのも私がそれまで読んできた本は「1+1=2」という内容のものばかりだったから。
 内容や言葉の意味が理解出来るというか、出された『答え』が理解出来るものだった。
 「1+1=2」の世界では「りんご」はりんごであり、「みかん」はみかんである。
 理屈というものさしで計ることの出来るものしか出てこない。
 
 でもこの作品は「1+1=」という答えは3でもあり5でもあり、とにかくどんな答えもありうる作品だった。
 内容自体が形而上的な抽象的なお話しなのである。羊男が出て来たり特殊な羊が出て来たり、村上ワールド御光臨いう感じであった。
 それらのキーワードに寓意や比喩が込められているのは理解出来るのだけど、その正体を見破るおつむの無い私はいちいち、
「これどういう事?」「これどういう意味?」「なんでこうなるの?」
と突っ込みながら読んでしまった。
 村上ワールドの持つ心地よい孤独感に包まれ味わいながらも突っ込みが辞めれんかった。
 
 でも久しぶりの再読で驚くほどすんなりと「村上ワールド」の堪能していた。
 「これはそういうもんだ!!!」
 と割り切って読めるようになったからである。
 年季の入ったハルキストとして意味や考える必要は特には無い、答えを見つけようとしなくてもいいんだと悟れるようになった。

 この作品で一番心に響いたのは「弱さ」である。
 「鼠」は自分の持つ弱さをこう語る。
 「もちろん人間はみんな弱さを持っている。しかし本当の弱さというものは本当の強さと同じくらい稀なものなんだ。たえまなく暗闇にひきずりこまれていく弱さというものを君は知らないんだ。そしてそういうものが実際に世の中に存在するのさ。」

 勿論私も「弱さ」を持っている。でも「鼠」の語る弱さとは違う種類のものだろう。
 彼の持つ弱さは努力で変える事の出来ない、飲み込まれてしまう存在なのかもしれない。

 でも「鼠」はこうも言う。
 「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そういうものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。」
 私は自分の弱さを好きになれるかどうかはわからない。
 でも弱さがあるから悩み苦しみ、その苦悩があるからこその喜びであり楽しさであり、苦難を知り何気ない日常が愛おしいと思える気持ちは理解出来なくはない。
 自分の弱さを知り、弱さを愛せる「鼠」は強さも持つ人間だと思うのだけど違うのだろうか。。。

 弱さを強さへ変えるのではなく、弱さのままで受け入れて好きになれたらもっと楽に息が出来るのかもしれない。。

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| 村上春樹 | COM(8) | TB(0) |















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