123456789101112131415161718192021222324252627282930
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2009-09-07 (Mon)
   

 ロスで雇われ私立探偵をしている長岡は、所長でもあり親友の関口から『安田信吾』という青年を探して欲しいと依頼される。
 隠し撮りされた写真という部分にひっかかりを憶えつつも単なる人探しの枠を超える仕事ではないとその時は思っていた。
 だが捜索している内に信吾はかなりの危険人物である事が判明してくる。子供のような無邪気な笑顔のままで握手でもするかのように平然と人を殺すとして恐れられ、幾つもの殺人を重ねていたが捕まる事はなかった。
 そして長岡も初対面でとびきりの笑顔を見せられて銃を何発も撃ち込まれる。
 車の中にいて防弾ガラスに命を拾われたが、それが今回の一連の事件となる第一歩になった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 犯罪を犯す人間はそれなりに理由があるのだろうと推察する。
 お金の為であり、人間関係のもつれであり、もっとも昨今は「なんですかそれ?」というような意味不明の理由もあるが、その人なりの必然性があるのだとは思う。

 が、世の中にはごはんを食べたり、寝たりするのと同じ意義で犯罪を犯す人間がいると思う。
 理由があるのではなく、ただの行為として犯罪を行う人間である。
 この作品は文中の言葉を借りるのならそういう「生まれながらの犯罪者」がいるかどうかというのが主軸のテーマである。

 私個人の意見は「生まれながらの犯罪者」はいると思う。
 体に障害を持って生まれる方がいるように、心に障害を持って生まれる人間もやはりいるのではないだろうか?
 環境とか周囲の人間関係等が影響を与えるのではなく、彼等はもとから人間として大事な何かが欠けて生まれてくる。

 だがある意味その人達も気の毒だとは思う、こういう意見は奇特なのかもしれないが。。。。
 何故なら「生まれながらの犯罪者」として生まれたのはその人達のせいではないから。
 だから改心するような心がない以上彼等は永遠にそのくさりから解放される事はない。
 そこにある種の「哀しさ」を見出してしまうのは安全な所にいる人間の甘さなのかもしれない。。。

  あくまでも私は第三者だが、この作品の安田信吾の親のように自分の子供「生まれながらの犯罪者」だとやりきれないだろう。  
  愛が届かないのだから、どんなに愛しきちんと躾て育てても人の心を持てないのだから。
  読んでいてそのやりきれなさがひしひしと迫ってくる。
 
 信吾の親である英明は他人の手で殺される位ならと、自らの手で始末をつける為に息子を追う。
 そして長岡はその殺しをやめさせる為に英明を追う。
 その長岡に英明は言う。
 「私はあの子を今も愛しているんだ」 
 子を愛するごく普通の親としてはどんな子供でもやはり愛を絶てないのかもしれない。それが哀しい。
 でも信吾にとってその愛はなんの意味も持たない様が残酷に描かれている。
 
 英明と語り合い、そして英明の代わりに信吾を追い詰めることになる長岡自身も少しづつこちら側とむこう側の「ボーダーライン」を超えそうになる。
 無論彼の場合は英明の思いに共鳴したような行為だが、如何なる理由があっても犯罪的な行為は結局の所信吾側の人間になりうる可能性を含んでいると思う。
 そういう皮肉というか危険性を示唆している箇所を盛り込んでいるのはさすが真保さんだなと思った。

 何れにせよ「生まれながらの犯罪者」には会いたくないっす。。。。。

 ランキング落ちているので、ぽちっと押してやって下さい。 お願い致します。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村


| 真保裕一 | COM(4) | TB(0) |















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。