123456789101112131415161718192021222324252627282930
-------- (--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
| スポンサー広告 |
2009-09-05 (Sat)
   

 奄美大島の粗末な家で一人の老人が誰にも看取られる事なく亡くなった。
 彼は画号を「田中一村」という画家であった。
 無名であったが、一村が残した作品は何れも抜群の完成度を誇っていた。
 不遇の画家人生ではあったが己の信じる画業を一村は死ぬまで貫いた。
 そんな「田中一村」の生き様が綴られた伝記書。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  
 tnk02.jpg

 私は絵を描くのも見るのも好きだけど「田中一村」という画家の存在は全く知らなかった。
 彼の存在を知ったのは「NHK日曜美術館」で田中一村さんの特集を見たからだ(私と同様の人間は多く凄い反響があったらしい)。

 「孤高の天才画家」というフレーズはスーパーで叩き売りでもしているような使い古されたフレーズではある。  でも一村さんの作品と生き方を見るとこの称号に全くブレる事のない方だなと思った。

 生涯独身。
 貧しい中をひたすら描くことに己の生涯を描けた人である。
 ゴッホに弟テオがいたように、彼にもまた姉喜美子という存在が献身的に一村を支えている。
 喜美子さんは女優の「原節子」にも似た美人さんだけど生涯こちらも独身であった。 きっと縁談は降るほどあっただろうと思うけど弟を支えるために断り続けたようである。
 一村さんが取った喜美子さんの写真はどれもよい笑顔で写っている。 
 
 ありあまる才能がありながらも不遇の為に遂に生前は世に出る事はなかった。
 個展すらも遂に生前は実現しなかった(死後に篤志の方が一村さんの個展を開き、それが彼の画業を世に知らしめる一歩となる)。
 不運もあると思うが、一村さんのとにかく己の信じるままに生きる「妥協」しない生き方が人生を狭めた気がしなくはない。
 もう少し「上手く泳ぐ」という生き方もあったと思うが、それが出来ないからこその一村さんなのだと思う。
 
 読んでいてふと、絵という芸術はどこまでを「作品」というのだろうと思った。
 個人的には画家の手による作品までが「作品」だとは思う。
 でも一村さんの生き方を見ていると、画家としての生き方もまた作品なのかなとも思う。
 正直な所一村さんが豪邸で贅沢三昧をして蝶よ華よと人生をまっとうしていたら、ここまで惹かれたかなあと自問自答してしまう。
 勿論そういう生き方をしても作品の評価は別だとはわかっているのだけど。

 一村さんは晩年奄美大島に移り住み、その地で自分の絵描き人生の総決算を試みる。
 だが結局は無名のまま奄美大島で個展も開く事なく孤独に亡くなる。

 幼少の頃は「神童」と呼ばれ、将来を嘱望されていた人の絵描き人生としては確かに不遇ではあると思う。

 でも逆の見方も成り立つのではないかと思った。
 その試練が一村さんにあの作品の数々をこの世に送り出させたのではなかったかと。
 不遇の人生で生まれた作品ではなく、作品が生まれるために必要な人生であったと。
 逆も真なり、もしくは逆こそ真なりというか。

 創作の神様に問うてみたい。

ランキング落ちているので、ぽちっと押してやって下さい。 お願い致します。
にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村


| ノンフィクション | COM(7) | TB(0) |















管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。