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2009-08-22 (Sat)
   

 双海小児総合病院の児童精神科ー別名「動物園」と呼ばれているーに入院している三人の子供達。
 優希、笙一郎、梁平は親からの虐待で深い傷を背負い、互いに慰めあう事で生きていた。
 そして彼等は「生き延びる為に」ある人物を殺す計画を立て実行に移す。その秘密を抱えたまま別れそれぞれの人生を歩む。 

 17年後、三人は導かれるように再会を果たす。
 だが彼等が受けた傷、負った過去は各々の人生に深すぎる影を落としていた。
 その影が交錯する事によってまわり始めた悲劇の幕開け。
 彼等の周囲で子供を虐待していた親の連続殺人事件が起こり、優希が必死に隠そうとしている過去を弟は手繰ろうとする。悲劇は更に次の悲劇へと繋がっていく。。。
 そして17年前の事件の真実も明かされようとする。

 親によって魂を踏み潰された者達の物語。


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 自分が「本が好き」で良かったなと思った。そうでなければこの作品と巡り合う事はなかったから。

 面白くて読むのが止められない状態を「やめられない、とまらない かっぱえびせん状態」と私は通称しているが、私がこの本を読むのを止められなかったのは「かっぱえびせん状態」というのではなく、もっと深い自分の内部から求める思いでページをめくり続けた。

 優希、笙一郎、梁平の現在と過去が交錯しながら物語は進んでいく。
 その過程で彼等が「親」から受けた虐待とその傷の為に苦悩する姿が「てんこもり」に描かれており、読んでいて苦しくそして切なかった。
 現在の連続殺人事件、そして過去の事件の真相を絡めているので「ミステリー」というくくりになるらしいけど(2000年の『このミス』№1)、「ミステリー」と言われなければ私は全くその言葉を思い浮かべなかったと思う。
 「ミステリー」というカテゴリーは物語のテーマをよりあぶり出す為の手段に過ぎないと思った。 

 とにかくこの本を読んで、
 「親は子供を愛してあげて欲しい、子供に愛情が確実に伝わる愛し方で」 
 と痛切に思った。
 子供にとって親から愛されるか、愛されないかで「その後の出会う世界が敵になるか味方になるか」 が決まってしまうと思うから。
 言い尽くされている言葉だけど「子供は親を選べない」。良い親の元に生まれるか、とんてもない親の元に生まれるかは「運」だと思うけど、その一言で語るのはさすがにやるせない。

 物語ではあるから、悲惨な内容もノンフィクションの持つ事実という重みはない。
 だけど、物語だからこそ「伝えられる力」を感じた。
 「家族」という存在は愛情によって包まれていれば「救い」だけど、そこに虐待が存在すれば「地獄」であるとしみじみ思った。 

 親からの虐待を受けた彼等は「自分が悪い」という自己否定を持ってしまうものらしい。だから愛されなかったのだと。
 そんな錘を持ったままでは当然生き難い。
 でも、それでも、人という生物が持つ生命に守られて、彼等は「本当は生きていたい」
と願う姿に生きようとする姿に涙をこぼした。
 優希、笙一郎、梁平が子供の頃に互いに掛け合い、その後の人生の支えにした
 「生きていても、いいんだよ」 
 の言葉に泣いた、泣いた。 

 とある作家さんが「どんな世界にも光の当たる場所はある」とおっしゃっていた。
 そうだとすれば虐待を受けた人達がその苦しみの世界を乗り越えた時、それは普通に生きていた人が得られない糧を手にする事が出来ると思う。

 そこに希望の灯火があると信じたい。

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| 天童荒太 | COM(4) | TB(0) |















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