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2009-06-03 (Wed)
 

昭和40年代の始めを生きていた美しい17歳の高校生一ノ瀬真理子。だがある時彼女は、突如25年後へと時間の流れをスキップする。
 目を覚ました時17歳の真理子は、42歳の桜木真理子という名前で夫と17歳の一人娘を持つ高校教師であった。
 失われた時、失われたものの大きさに愕然とする真理子であったが、それでも今いる場所で生きていく為に今日という日を生きようと模索し続ける。


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 北村薫さんは名前と作風から女性作家だと思ってきたけど(多分そう思っていた人は多いと思われる)、初めて顔写真を拝見した時小ぶりな感じの男性なので驚いた(もっと上手い表現ないかなあ)。
 
 作品を読んでいると北村さんはどんな小さな事柄でも自分の世界を構築する様々な言葉、物、人を大事に愛おしんで来られたんだなあと感じさせる。正にこの作品もそういった事柄がにじみ出ている。

 でも正直に言おう。
 この作品を「北村薫」さんが書いていなかったら図書館で借りた本だけど私は読み終えたら、
 「投げていた」
 と思う。
 「北村薫」さんの持つ色合いが作品世界を包み込むからこそ、あのストーリーとラストを受け入れる事が出来たと思う。 

 だからと言って面白くないのではない。面白いのではある。

 ただ個人的な意見として真理子も彼女の家族も物分りが良すぎる感じが否めない。
 勿論それぞれが葛藤はあるけど私的には物足りなく感じる。 とりあえずは受け入れるという姿勢があっさり過ぎて。
 私が真理子の娘だったら、母親が「わたしは17歳」と言ってきたらまずカレンダーで今日が4/1でないかどうか確かめた後、病院へ連れて行く。
  
 真理子も、もう少し我がままでもいいんじゃないかと思う。
 42歳の自分の目の前にはかつての美しい自分に良く似た娘がいて、その娘はこれから自分がもぎ取られた美味しい時間を生きていく。その事に対する、失われたものに対する慟哭がもっとあってもいいような気がした。

 そこの辺りに歯がゆさを感じるが、これこそ北村薫印だともいえなくもない。

 でも真理子の目の前にある「今」を懸命に生きようとする姿勢には励まされる。

 「 17歳→42歳の時間のスキップ」 というのは残酷である。
 あらゆる可能性を持っていた未来は奪われ、限られた選択肢しか残されておらず、勿論ピチピチの肌は失われ、しわやたるみが出てきて身体も衰えている。 

 それでも真理子は「今」を投げ捨てない。

 「わたしはとにかく生きている。だから、頑張ろうとしているのだ。わたしの指揮官はわたし。指揮官が試合放棄をしていいはずがない」

 「昨日という日があったらしい。明日という日があるらしい。だが、わたしには今がある」
 

 この作品を読んでいて自分を愛し、人を愛し、今を前向きに生きられるのなら、人はどんな所でも、どんな事があっても生きていける のだなと思った。

 17歳の真理子がスキップした年齢に近づいてきて、目尻や、髪の毛にそれまで「見慣れぬ形跡」がチラホラと見え始めている。。。。
 真理子のように着地点としてそれらを受け入れていけたらいいなあととりあえず自分を励ましてみる。

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| 北村薫 | COM(3) | TB(0) |















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