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2009-05-20 (Wed)
 

 写真家「天才アラーキー」こと荒木経惟さんが最愛の妻である亡き陽子さんを撮り綴った写真集。

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 荒木さんといえば女性のヌードを撮る「エロス」の写真家としての名が有名だけど、私にとっては「情」を感じさせる写真家さんである。
 「情」という言葉は荒木さんが良く使われる「センチメンタル」とも言えるかも知れない。写真集というものをほとんど食べない私が唯一好きな写真集がこの「陽子」である。

 タイトルが「陽子」だから当たり前だけど陽子さんの写真で一杯である。
 出会いの頃から、恋人時代、結婚生活、亡くなられた時までの膨大な写真がコラージュのようにちりばめられている。  
 その中にはヌードは当たり前、やっているシーンも、あれもこれもしているシーンも写っているものもある。
 平々凡々の私から見たらこれ程までに赤裸々にあらゆる場面を撮られる事はこっぱずかしい。
 でも写っている陽子さんはどれも幸福そうだ。愛する人から向けられるカメラ目線に自分の全てで応えている。
 そして荒木さんがどれだけ陽子さんを愛しているかその思いがひしひしと伝わってくる。 
 上手い写真とかきれいな写真とかそういうのではなく、ただ思いを感じる写真の数々。何気ない写真に何かがある。
 荒木さんはやっぱり天才なのだと思う。見た目は凄いあやしげなおっさんだけど。

 私は女性だけどこの写真集を見た時「もっともっと陽子さんがみたい!!!」と思った。何回も読み直した。でも全然飽きない。不思議だ。  

 でも陽子さんはもういない。それを前提で見るから、ここに写っている陽子さんが幸福そうであればある程なんとも言えない孤独も感じた。
 何故ならこの写真集はもう存在しない陽子さんを失った荒木さんの、愛情の深さを感じる分だけその喪失感の大きさを思い知らされるからだ。
 
 陽子さんが亡くなられてから随分経つけど、荒木さんの言葉を読むと今でも陽子さんを愛しているのがわかる。
 
 よく恋人を亡くされた方が相手の思いを綴った本を出版して、その数年後に再婚したり恋人を作ったりしたのを知ったら「涙をかえして!!!」と心良く思わない人が割りといるが、私は生きているなら生きている事を大事にしておおいに新しい恋をした方がいいとは思う。
 新しい恋をするのと亡くされた相手を忘れるのとは違うはず。
 忘れるなんて記憶喪失になるか脳細胞が破壊されない限りあり得ないと思う。思いが単に形を変えるだけ。

 でも荒木さん自身、陽子さんへの思いをどうしても消せないんだと思う。無理に愛し続けようとしているのではなく、もうその思いはどうしようもないんだと思う。

 この写真集を見ると亡くなった人をずっと思い続けるのは美しいけど、やっぱり悲しいと思う。 

 岡崎京子さんが解説で「人が人を好きになる事は哀しい」とコメントしている。
 そうなのだ、どんな形であれいつか必ずそれは死であれ、死でなくも、好きな相手とは別れる事になるそれはもう絶対に。
  最後、陽子さんが亡くなった日の外の青空のモノクロ写真で終わる。空の青さは何があっても変わらない、その変わらないものが余計に悲しくさせる。

 この「陽子」を見ると人を愛する事の幸福感と、同時に避け得ない人を愛する事の痛みを感じた。

 

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