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2009-05-13 (Wed)
 

 ゆみ子は平穏で幸福な生活を過ごしていたが、夫の自殺でいきなりその生活が断たれてしまう。
 3年後、彼女は幼い息子を連れて再婚をする。再び訪れた穏やかで平和な生活。
 その日々の中でゆみ子は心の中で死んだ夫「あんた」に話しかける。それはまるで死んだ夫へのレクイエムのように。。。。。
 そしてゆみ子は再婚先で再び幸福を掴んでいく。


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 もう。。。この年になるのでそろそろ認めないといけないなと思う事がある。
 それは自分が、
 「オンチ」
 だという事である。
 だからなるべく人前では歌わない。
 でもテレビののど自慢大会で人が気持ちよさそうに歌うのを見ると「むむむむむ」の虫が動き、思わず一緒にハモりたくなる。でもガマンする。それなりに大変である。

 この作品を読んで何故か「むむむむむ」の虫が動いた。
 「幻の光」では、「生」と「死」、この2つが1つの曲として見事に演奏されている。

 いつもこっそり覗き見させて頂いているブログに「自殺した人と最後に会った時どんな感じだった?」というタイトルの某掲示板へのアドレスがあった。
 こういうのを夜中にこっそり読みふける自分は割りとあやしい奴だなと思う。
 このタイトルで1000近くの投稿を読んでいると、人生のほら穴というか深遠の一部をのぞいているような気分にさせられる。
 記事に共通しているのは自殺された人が死ぬように見えなかった事と、そして突然死なれた側は程度の差があるにせよ重い荷を背負う事になる。

 ゆみ子はその重い荷を背負ったまま再婚をする。幸せで平穏な日々だが、それでもその荷の重みを忘れているわけではない。時折その重みに耐えられなくなりそうになる。
 彼女の苦悩。。。。それは他人の憶測の及ばない、何の理由もみつからない自殺という形で愛する者を失った、その地団駄を踏むような悔しさと悲しさである。
 
 私も心の病で死にたいと思う事がある。でもそれは病気だからだ。
 しかし世の中には心の病でもなく、はたから見たら恵まれて幸福に見えるのにそれでも死を選ぶ者がいる。
 それは前夫の自殺の理由がわからないと苦悩するゆみ子に、今の夫が慰めのように呟く。
 「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」 
 というものなのかもしれない。
 人の中には吸い込まれると抜けがたい闇のようなものが存在しているのかもしれない。 
 自殺された人の中には多分その存在に気づいた人がいるのかもしれない。

 結局「生」も「死」もその個人に帰するものだと思う。決して強制も共有も出来ない。人のあやうさを感じた。

 読み終えた時、何故「むむむむむ」の虫が動いたかわかった。
 この作品は「演歌」を思わせるからだ。
 人間くさく、そして暗さの中にもどこか救いがある演歌的な感じがする。

 それが私の「むむむむむ」の虫を刺激する。

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| 宮本輝 | COM(5) | TB(0) |















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