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2009-04-22 (Wed)
 「N・P」という題の小説。
 それは幾つかの短編小説からなっている。98番目の日本語訳をしている時、主人公風美の恋人は自殺する。「N・P」を日本語に訳した3人目の犠牲者となった。
 恋人の死の数年後、風見は「N・P」の作者の子供である双子の姉弟咲と乙彦に再会する。
 4人の男女は不思議で夢のように楽しくて、ほんの少し怖さの混じった夏を過ごす。
 

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 私は3度目の正直でよしもとばななさんにハマった。

 最初に読んだ「TUGUMI」を理解するには私のおつむが弱くて、
 2つ目に読んだ「哀しい予感」はばななさんと私の感性が異なりすれ違い、
 この「N・P」でやっとばななさんの魅力の虜になった。

 私はこういうどこか「死」を感じさせる作品が結構好きだ。「死」を通して「生」を見たいからなのかもしれない。 でもばななファンでもこの作品が合わない人が割りと多いらしいのでちょっと驚いた。
  私はやはり「マニア」なのかもしれない。

 読み進めていくうちにだんだんとドキドキとして来た。何かが起こりそうな、またその何かに向かって物語りの方向軸が突っ走っているような気がした。

 この「N・P」を読んでいて私は何度も心に響く言葉に、
  「うっ」 「うっ」 「うっ」
 と唸っていた。特に、
 「その人がその人である事の不幸」 
 には最大級の「うっ」で唸ってしまった。

 このセリフを読んだ時自分の中にある爆弾(不発弾)の存在に気付かされたからだ。
 確かに自分にも「私が私である事の不幸」はあるとはっきり認識してしまった。出来れば気付きく事なくお墓に入りたかったと思うけど。

 私の自分である事の不幸は「妙な所で頑固な所」かなと思う。
  もう少しこの部分を変えれば、もうちょっぴとは幸せになるかもしれないし、もっと人に好かれるかも知れないとわかっていても、やっぱりここはという所はどうしても変えられない。
  多分変えるにはあまりにも長く今の自分であり過ぎたし、やはり私は私でしかなれないからだ。

  でも「その人がその人である事の幸福」もあると思うので本質的には帳尻が合っているのかもしれない。

 読み終えた時、
 「やられちゃった」 
 と呟いてしまった。
 でもこの「やられた」は「ガーン」という意味よりも、感嘆の意味を込めてである。気持ちよくばっさりとやられた気分なのだ。

 こういう部分がばななさんの魅力だと思う。
 この作品だけでなく他の作品にも言える事だけど、ばななさんは普段はっきりと自覚していない事を的確な形で表現してくれる。それは時折り人の核心に触れる事もある。
 それが「ひゃあー」と怖さを感じさせるのではなく、「うん、うん、そうなんだよなあ」とうなずいてしまう。 ばななさんの独特の味付けが素材を優しい味にしているからだと思う。

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