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2010-09-29 (Wed)
 

 五つの連作短編集を装った長編小説

「チルドレンⅡ」 
「家裁の人」である武藤はかつて少年事件担当であったが、一ヶ月前の人事異動で家事事件担当へと移っていた。
 時おり少年事件担当の時の先輩である陣内に誘われて居酒屋に飲みに行っていた。この陣内という男は風変わりで奇妙な人間であったが何故か不思議と少年達に慕われている調査官だった。
 連れて行かれた居酒屋でバイトをしている陣内担当の丸川明という少年と出会う。彼は喧嘩で高校を退学となり、別のバイト先で客と喧嘩になった挙句に警察を呼ばれ現在は試験観察中。
 石川少年の非行の原因は妻に浮気をされ役所で市民に罵倒される、彼曰く「駄目親父」であった。

 武藤はある夫婦の離婚調停を担当する事になる。夫の大和修次は×2で何れも浮気が原因で離婚し浮気相手と再婚していた。妻の三千代と三歳になる一人娘の親権を争っていたが、武藤の目から見て夫婦どちらも娘への愛情が薄いような気がした。
 どちらへ親権を渡すのが良いのか悩んでいた武藤に陣内が自分のパンクバンドのライブへ大和夫婦を連れて来いと言われる。自分の演奏は人を癒す力があるとのたまう陣内に呆れるが、石川少年に大和氏をライブに連れてきてくれたら自分もライブに行くと言われ、陣内にせっつかれて仕方なく大和氏をライブに誘うが。。。

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 私は図書館派なので「本の帯」というのは本来目にするものではない。ただ私の家の近くにある図書館は借りる人への親切心なのか、通常捨てられる本の帯への義侠心からなのか、単行本のおもて表紙の裏側に帯を貼っている。
 この「チルドレン」の帯には、「ばかばかしくて恰好よい、ファニーな「五つの奇跡」の物語」とある。
 国語の試験によく出題されるような『「チルドレン」の内容を50文字以内にまとめよ』という問いに満点に近い答えを書いたような要約だと思う。
 限りなく簡潔で尚且つビンゴなまとめである。

 どの短編も基本ばかばかしい話ではある。そのばかばかしさの源となっているのが陣内という男である。彼は本当に「変わった人間」である。
 喧嘩の仲裁も殴る相手を注意するのではなく、殴られている相手を殴って「俺が優勝!!!」と喜劇に転じさせて解決させる。
 銃を持った銀行強盗相手に「ギターを弾かせろ」と申し立てたりetc・・・。
 でもただ単に破天荒ではちゃめちゃではなくブレない芯を持っていて「本当の優しさ」を知っている(それが優しさだと認識しづらいが。。。)
 「それだ。俺たちの仕事はそれだよ。俺たちは奇跡を起こすんだ。ところで、あんたたちの仕事では、奇跡は起こせるのか?」
「『絶対』と言い切れることがひとつもないなんて、生きてる意味がないだろ」
 
粋なセリフで締める所は締める。
 他人が真似出来ないやり方なのに何故か正攻法よりもまるく収まるし、まぜくるのに結果オーライになる。
 ご都合主義的な展開もそれは陣内が世の中にある色んな枠を飛び越えているから出来るのだろうと思わせるのが上手い。陣内みたいになりたいと思わせるけど、彼のように飛び越える事が出来ないだろうなあと理解しているからこそ余計に惚れてしまうキャラクターである。
 
 でもばかばかしいだけでなく恰好よい物語なのである、 何故かわかんないけど「ばかばかしいのに恰好良い」のである。「なんだかわからないけどカッコいい」というのは反則技のような気がする。どんな反論も無効にしてしまうカードだ。そう思わせるのは伊坂マジックと言うべきか。
 伊坂さんの作品はどれも「ばかばかしいのに恰好良さ」を感じさせるフィールド部分を持っている気がする。それは彼の心意気なのだろうか。
 
 帯にはもう一個「こういう奇跡もあるんじゃないか?」と書かれているが、いわゆる一般的な意味の信じがたい出来事の奇跡は起きない。
 ささやかな波紋のような日常という枠にすっぽり収まるサイズの奇跡。でもそれで誰かが救われるのならこういうのも奇跡と呼んでイインデナイノと思わせる。

 読み終えた時自分の心のどこかが温まるのを感じる。心のほこりが取り除かれその純度が上がる感じである(またほこりは溜まるのだろうけど)。
 それはこの作品が優しい小説だからだろう。優しさを演出しているわけではないのに、愛すべきキャラクターの粋な言動優しさを醸し出している。

 一応連作短編集の装いだが作者さんが書いているように長編小説なのである。読み終えて時ラストの言葉が響く。
 

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| 伊坂幸太郎 | COM(0) | TB(0) |
2010-09-26 (Sun)


 かつてボクシングのスター選手だったが、引退を余儀なくされ、日雇いの肉体労働で妻子を養うジム。再びリングに上がるチャンスを得た彼は、奇跡的に世界ランク2位の強豪を倒し、やがて世界チャンピオンとの試合に挑むことになる。実在のボクサー、ジム・ブラドックの半生を、ラッセル・クロウとレネー・ゼルウィガーというオスカー俳優の共演で描いた骨太な感動作。
栄光と挫折、苦闘の末に手にしたチャンス。この映画には王道のアメリカンドリームが詰まっており、ロン・ハワード監督の正攻法の演出もあって、全体が古き佳きハリウッド映画の風格をたたえている。苦しい生活を強いられる家族のために、なりふりかまわない状態になっていくジムで、クロウが持ち前の演技力を発揮。夫を支える妻、父を応援する子どもたちの姿には、自然と涙がこぼれるだろう。Amazonより

何度か描かれるボクシングシーンは、画面から汗が飛び散ってきそうなほどの迫力だ。しかしそれは、ボクシングの激しさから来る迫力ではなく、主人公の強い思いが持つ迫力なのだ。あまりの強さに圧倒され、どうしようもなく、胸が熱くなる。『ビューティフル・マインド』のロン・ハワード監督とラッセル・クロウが再び手を組んで贈る人間ドラマだ。
 大恐慌時代のアメリカ。実在し、人々から“シンデレラマン”と呼ばれたボクサーの人生の断片を、カメラは寄り 添うように見つめていく。家族と幸せに暮らすジミーは、前途有望な若手ボクサー。右ストレートを武器に、次期チャンピオンになれると目されていた。だが、右手を故障。勝利に見放された彼は、ライセンスを剥奪されてしまう。失業者のひとりとなり、日雇いの肉体労働に就けることすら難しい日々。困窮の中、彼が守りたかったのは愛する家族だけだった。そんなとき、かつてのマネージャーから一夜限りの試合復帰を持ちかけられる。-gooより

 





 この映画は久しぶりに萌えた作品だった。

 「シンデレラマン」というタイトルからして10ポイント稼いでいるようなナイスタイトルである。タイトルからある程度の内容が推察出来るように「1+1=2」的に非常にわかり易い展開である。
 でもだからこそシンプルにダイレクトに心響いて来た。

 最初はボクシング界のスターだったブラドックの煌びやかな生活が描かれている。それが表舞台から落っこちて、一転超ド貧乏な生活への転換のプロローグはそれだけで釣られてしまう。
 その日の食べるものも事欠き、あげくに極寒の最中に電気まで止められてしまい、プライドを捨ててかつての仲間にお金を恵んで貰うというような極貧生活振りが丁寧に仕込まれている。
 ストーリー展開の車輪が転がり始める音のようなエピソードに、大きなうねりを予感して惹きこまれて見ていた。

 シンデレラの舞台はお城の舞踏会だけど、シンデレラマンの舞台はボクシングのリンクの上である。 
 ブラドックのボクシングの試合シーンは映画だとわかっているのに、
 「いけー、いくんだーブラドック!!!」  
と熱くなって画面に声援を送っていた。
 それ程白熱したリアルな試合シーンというのもあるのだけど、ブラドックの頑張る姿に心に火を焚きつけられた感じなのである。
 自分で言うのもなんだけど私のマインドは基本「低温」なのだ。なのに萌えた。

 それはブラドックが「おっさんヒーロー」だからだと思う。
 ブラドックがただひたすら守りたいものそれは愛する家族。その思いが本当に見ている側に伝わってくる。愛する家族の為に満身創痍でも戦い続けるのである。おっさんが全力で頑張る姿は若者とは違って人生すべてをかけているような背負う重み感じる。それが故に自分の背負う荷物の重みをだぶらせる気持ちもあって萌えるのかもしれない。
 家族のヒーローであり続けないといけないお父さんは大変だなと、性別的にお父さんになれない私はしみじみ思う。

 ブラドックの奥さんが金の草鞋を履いてでも探したくなるよく出来た奥さんで、彼が金持ちの時も超ド貧乏であっても変わらず側にいて夫を支え続ける。子供達も可愛いのだ、これが。
 夫婦愛や家族愛が素晴らしいタッチで描かれていて自然に心に染み込んで来る。長くなるので省くがマネージャーとの友情も良い。 
 この作品は最初から最後まで今時めずらしい位「愛だよ愛」の精神がストレートに垂れ流されている。でもそれが全然心地良い。

 最初は家族の為に戦い続けていたブラドックが、やがて大恐慌の現実の厳しさに苦しむ人々の希望の星となりもっと大きな何かの為にも闘う姿が印象深い。見ていて闘う事の意味を考えさせられた。まだ守るべきものの為に闘った事のない私には難しい命題だけど闘うべき時が来たら逃げまいと思う。

 世界チャンピオンとの戦いはまさしく手に汗を握った。ドキュメンタリーを見ているようにハラハラした。私は映画を見る視聴者ではなく、紛れも無く試合を観戦している観客であった。
 そしてはラストは本当に感動した。
 「おおおおおおおおおおおおおおおおおお」 
と拍手喝采である。

 見終えた時にウィキペディアを見て実話を基にした作品だと知って驚いた。たいてい事実を基にした作品と知ったらその事実の重みに心惹かれるが、今回は現実世界にこんな奇跡を用意する神様は粋だという思いの方が強かった。 
 見終わった時に元気というかむやみやたらとパワーが沸いてくるような作品である。

 是非見て貰いたいと思った映画である。


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| 映画 | COM(0) | TB(0) |
2010-09-25 (Sat)
 

  都内で起きる連続強盗事件。警察はそっくりな双子の兄弟のどちらかが犯人と解かっていながらも、どちらが実行犯なのか立証できない為に逮捕が出来なかった。警察を馬鹿にするような態度や行動をする兄弟に歯軋りする悔しさを感じながらも逮捕できるチャンスを伺っていた。
 雪に閉ざされた山奥のホテルに招待された6人の男女。オーナーを合わせての7人の男女は何者かによって外部との接触を完全に絶たれてしまう。次々と起こる連続殺人、犯人は誰なのか?何故このメンバーが殺されるのか?

 並立する2つの物語、その着地点は。。。


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 最近になってようやく「西村京太郎」デビューした。
 トラベルミステリー作家として有名な方だが、私は長い間読まなかった。それは夏樹静子さんの記事(単品は名シェフ)にも書いたが、「お茶でも啜りながら見る2時間サスペンス」のテレビドラマの原作によくなる作家さんはどこか安っぽい印象があって二の足を踏む(同様の理由で内田康夫先生の作品も未読)。
 「安っぽさ」が工場で生産される大量製品を連想してしまい読む前に萎えるのである。「大量製品」という言葉に読むための読書ではなく、ただ消費する為の読書という感じがする。
 
 でもこの「殺しの双曲線」を読んで西村先生の力量に瞠目し評価が一変してしまった。色々レビューを読んだら西村先生はデビューされた当初は本格ミステリーを書いてちゃんと評価もされていたようである。単に「金太郎飴のような売れる作品を量産する作家さん」ではなかったのである。
 「読まず嫌い」というのはせっかくの良い相手との出会いをフイにしてしまうのだと反省した。

 西村先生はこの作品においては「名料理人」だと思う。本格派の味わいを堪能させながらも工夫を凝らした盛り付け方と飽きさせない料理を振舞ってくれている。

 まずメイン素材となる「双子」という素材の料理の仕方と魅せ方がとても上手くて、「双子」の特性をこれ以上ないと言う位見事に使っている。
 犯罪がわかっていてもを逮捕する為にはその人物が犯人である立証が必要になる。だが「双子」である事を上手く利用されて「どちらかが犯人なのはわかっていてもどちらが犯人が立証出来ない」というある意味盲点を突いたシンプルな仕掛に感嘆した(実際可能な犯罪かは検討の余地はあるが)。
 シンプルな味付けながらも素材の味わいを活かしてさすがにメインディッシュと唸った。

 そして双子の兄弟による連続強盗事件と閉ざされた空間における連続殺人を交互に展開して飽きさせない。二つの事件がどこでどう絡み合うのかと興味を惹きつけられる。
 閉塞空間にあける連続殺人というのはミステリー分野において料理されまくっている題材だけど、素材自体は王道の味付けながらも食べ方を趣向を凝らしているのが心憎い。

 「本格ミステリー」味ながらも動機の部分に「社会派の味わい」を加えている。
 正直動機に関しても事件の規模を考えると若干弱いなと思う部分はあるものの、本格ミステリーにありがちな「殺人事件の為の付けたしのような動機」ではなくちゃんと考えさせる余地を持つ辺りが手を抜かない職人スキルを感じさせる。
 自分でも知らないうに加害者になる事もあるのだと。何もしなかった罪といのは無自覚なだけに底のない怖さを思う。
 
 流れ的に読み手が納得するようなカタルシスでの着地点は難しいのではないかと危惧していた。犯人達の計画が完璧過ぎる為に付入る隙を見出せなかったので不完全燃焼なラストになるのかなと思っていた。
 でもこれ以外は無いだろうという見事な着地点で西村さんの才気を見せ付けてくれた。
社会派風本格ミステリーとしての味わい以上に、料理の盛り付けの魅せ方にカタルシスを感じた作品だった。
 
 果たして初めて読んだ作品が「美味し過ぎる」のが吉と出るのか凶と出るのか、これからの「西村京太郎食いつくし」フェアがどのような結果になるのか乞うご期待!!!

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| 西村京太郎 | COM(0) | TB(0) |
2010-09-22 (Wed)
 

 自分にとっての大切な何かの為に一生懸命に生きる6人の物語

 「ジェネレーションX」
 野田は後数年で40代を迎えようしていた。かつて「新人類」と呼ばれた世代であったが、その自分が若者にジェネレーンションギャップを感じるようになりつつあった。
 野田はクレーム処理の為に石津という青年とお客様にお詫びをしに行く事になった。車で向う途中仕事中なのに助手席でひっきりなし私用電話をする石津にあきれつつも得意先の社員なので我慢をする。
 聞くとも無しに聞こえてくる会話の内容から石津が友人を集めているようなので同窓会でもやるのかと思っていたが、そうではなく。。。。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  
 最近本を読んでいて「こういう本は若い頃に読んだら全然味気なかったろうなあ」と思う事が割りとある。この「風に舞い上がるビニールシート」もそういう感想を持った本の一つである。
 やはり若い時はわかり易い輝きに目を奪われてしまい平凡な価値に気付きにくい。
 この短編集は「大切な何かのために懸命に生きている人達」の日常を等身大に書かれた作品集だか、若い時ならその「日常性」に退屈しただろうなあと思う。
 ようやく年を重ねて日常性の偉大さに気づいてその退屈さ満喫出来るようになった。本当の幸福というのは「=退屈なもの」なのだ。
 色んなご馳走を食べまくってやっぱり卵かけご飯が一番上手いんだなあという心境である。
  
 森さんがこの短編集の中で一番思いを込めているのは表題作の「風に舞いあがるビニールシート」だと思う。でも私という人間にはこの短編はキレイゴトな感じがして馴染めなかった。それは内容がと言うより書き方かな。もう少し情緒的な部分削ぎ落とされた方が個人的には余韻があった気がする。勿論作品自体は素晴らしいので好みの問題かな。
 特にタイトルになっている「風に舞いあがるビニールシート」の意味を知った時は上手い言葉の紡ぎ方だと唸った。

 私が作品的に一番好きなのは「ジェネレーションX」である。
 ちょうど主人公の野田と同じ世代だから共感し易い立場にあるし、終始軽くてノリのある物語だけどちゃんとアクセルとブレーキを上手く切り替ているストーリー展開が実に面白い。
 若い頃のバカさ加減も年を重ねるに連れて心の内に仕舞い込んで行く。まあ、それが大人になるという事だろうけど。
 青年石津のまだ現役のバカさ加減に笑いつつも、でもそんな彼が大人になって行く姿に寂しさと微笑ましさ感じた。
 そして自分ではまっとうな大人になったつもりの野田が仕舞いこんだ青臭さを一時解放する姿に萌えた。そんな彼等のやり取りが「眩しいねえ」と思った。そう思う自分が年を重る事によって確実にその輝きを失いつつあるのだという事も自覚した。
 
 個人的に一番心に残ったエピソードは「犬の散歩」に出てくる牛丼の話である。
 牛丼を毎日毎日食べる位に牛丼大好きな人がいて、世界のすべてを牛丼に置き換える人の話が興味深かった。
 例えば映画料金が1600円なら牛丼を四杯食べられるからよほど面白い映画でないと牛丼四杯分の価値は無く、3000円のTシャツを買うお金があったら牛丼が7杯食べられるから、その7杯分の牛丼を犠牲にする価値がそのTシャツにあるかと真剣に悩むという話は面白さの中にある種の真理が据えられているような気がした。
 牛丼を通して世界を捉えるなんで一見バカバカしいけど、自分の世界にぶれない軸を持てるのは生きる拠り所を持てるのだなと思う。
 自分にとっての牛丼何かふとと考えてしまった。
 
 森絵都さんは初めての作家さんである。淡々とした中に響くものをお持ちの作家さんだと思った。
 卵かけご飯を堪能させてもらった短編集であった。

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2010-09-18 (Sat)


  進学校に通う望江はもうじき大学受験を控えたいたが、周囲のクラスメイトのように必死に勉強する意義を見出せないでいた。
 それでも親友の悦子との時間は大切な一時だった。その悦子が自殺未遂を計る。親友の深刻な悩みに気付く事の出来なかった自分に失望し、優しいが気を使わざる終えない義父との関係にも疲れていた。
 ある時望江は同じ予備校に通う弘紀・彩・勇進・進と知り合うが、彼等もまた居場所がなかった。
 5人は新たな自分と出会う為に「みみずくの里」と逃避行を決意し満点の星空の下決行する。
 

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 以前愛おしさ満員御礼「アーシアン」で温故知新プログラムを実践中と書いたが、昔のマンガを読み直すとついつい年寄りじみた「昔は良かったな。。。」という感想が出てくる。
 最近のマンガをあまり読んでいないのもあるが、やはり私がマンガオタクの頃は良品が多かったと思う。昔のマンガを読みながら良い時代を過ごさせて貰ったと30秒位遠い目をした。

 この「すすきのみみずく」は月刊マーガレットで連載されていた。今はわからないが当時のマーガレットは「やや大人びた足が地に着いた恋愛物」が主軸だったと思う。その中でこの作品は若干異質なカラーであったが隠れた名作である。
 恋愛が無いわけではないけどそれはパセリ程度でメインディッシュは「青春成長物語」である。
 この作品に出てくる5人は誰もが若い時に迷う「自分の心の森」で彷徨っている。どこにも居場所がなく、自分との折り合いが悪く生きづらさを感じている。
 その彼等が家も学校も捨て「みみずくの里」で電気もガスも無いログハウスで共同生活を送る。当然他人同士なので摩擦や衝突があるが、その中でそれぞれの「自分らしさ」を培っていく様がポップなタッチで描かれながらもメッセージ性豊かな作品である。

 とにかくキャラが立っている。
 不器用だけど気が強い望江。超難関高校に通っているお調子者の弘紀。古いものが大好きなレトロこと勇進。男に好かれるのが大好きな美人の彩、いじめられっ子の進。
 この5人がお互い言いたい事を言い合っているのを読んでいると「仲間」という感じで羨ましくなる。気が合う友達でもなく、恋愛感情のある恋人でもなく、血のつながりのある兄弟でもなく、ある意味それよりずっと作るのが難しい絆のある関係。そういうのは幾つになっても憧れを持つ。

 この作品を読んでいると、 とても良い意味で「考える人」になるのである。
 登場人物達の言葉に若き日の自分を重ね合わせたり、思い出したりしながら、色々と考えていた。
 主人公の望江は原始的な生活の中で、自分が料理一つも満足に出来ない何も出来ない人間である事に気付く。何も出来ないのに理屈をこねたり説教したりしてそんな自分が家族の中で一番まともな考えをしていると思っていた。
 「なんでもできる人間になりたいな あたりまえのことが」  
 望江のこの言葉は今の私には響いてくる。若い頃は人から称賛される褒められるそういう事が出来るようになりたいと願っていた。でも本当は普通の当たり前の事が出来る「人間としての根幹の基礎力」がしっかりしているのはもっと大切なんだろうなあと思っている。
 ラスト近く先に外に出た望江が自分の傘だけ取り出す彼女に母親が「こういう時は先にお母さんに傘を渡すものよ」と教えるが、こういうのは学校で習うどんな公式や歴史よりもずっとずっと大切だろう。
 ある意味こういうささやかな良識は自分の大事な何かを密やかに支えるものかもしれない。

 やがて彼等の逃避行も終わりを迎える時がやってくる。
 非日常の世界から日常の世界に戻ってきたからと言って、自分がいた元の世界が変わるわけではない。当たり前だけど。
 でもそれまでとは違う視点を持つ事によって自分の旅を続ける道しるべとなっていく。迷いながら傷付きながらもそれを糧として逃げず歩き続ける。

 やはり若者の成長物語は幾つになっても読んでいて心洗われるものだ。その一時の輝きに惹かれて止まない。

 
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| マンガ | COM(0) | TB(0) |
2010-09-15 (Wed)


 刑事の小暮は妻を亡くしてから男手一つで1人娘の菜摘を育てていた。忙し過ぎる為に娘との時間を持てない現状を変えるために、転属願いをするかどうかが今の目下の悩みであった。
 ある時足首が切断された少女の遺体が発見される。小暮はその事件を担当する事になるが名島というエリートの女刑事とコンビを組まされる。彼女も夫を亡くして息子を女手で育ていた。自分より一回り違う若い女性とのコンビに戸惑っていたが、名島刑事は中々に着眼点も鋭く有能であった。
 連続殺人事件となるが手かがリが少なく捜査は難航する。小暮は捜査中に一連の殺人事件がある都市伝説を模倣している事に気づく。
 その都市伝説はあくまでも香水の新ブランドを売り出す為の口コミを利用する為の噂に過ぎなかったのだが。

 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  色んな作風に果敢にチャレンジされている萩原センセの初!!!ミステリーらしいけど、やはり実力のある方だと再認識させられる質の高さである。
 良い意味で「ミステリーの見本」だなあと感じで、本当に基本はオーソドックスなミステリーである。だから読み慣れている方なら犯人が途中である程度予測がつくのではないだろうか?
 勿論だからと言って面白さが削がれるわけではない。

 ミステリーとして安心して読める手堅さだけではなく、元広告会社にお勤めだったようで口コミの効果の凄さの話等付属する+αに魅力がある。
 それとやはり萩原さんの持ち味で魅力と言えるキャラクター造形の上手さがある。萩原さんのキャラクターは作品内でちゃん彼等が生きているなあという存在感がある。
 特にメインキャラとなる小暮刑事と名島刑事がいい味出しているのである。カラーの違う2人の派手さは無いが地味ながら「イイ感じ」のコンビネーション振りで面白い。
 読み終えて萩原さんはやっぱり上手いなあと思った。

 で、
 解説を読むまでは上記に書いた通りの感想を抱いていた。
 どうやらこの作品「隠しだま」があったようである。解説者の方は詳細は省かれていたので私にはそれがどういうものか全然わからなかったし検討もつかなかった。
 「何?私、のけもん?」
 と、あせりつつ他力本願の元であるネットで検索をした。

 探りを入れた結果、ラストの一行がどうやら肝だとわかった。
 単行本も文庫本も帯に「衝撃のラスト一行に瞠目!!!」という煽り文句(売り文句)があったようであるが、私は図書館で借りているので帯の言葉は知らなかった。
 再度ラスト一行を読んだ時、
 「エッ!!!!!!w( ̄△ ̄;)」
 とびっくりした。
 もう一遍読んで、
 「マジッ!!!!!!(⌒▽⌒;) 」 
 と思った(驚き度を表現する為にめったに使わない顔文字を使わせて頂きました)。
 これはオチの意外性におったまげた。普通に読み終えたのにたった一行のストレートパンチでいきなりブラックな世界に突き落とされた感じである。
 ラスト手前が本当にほのぼのというかまったりというか、ネタばれになるので詳細は省くが「縁側でお茶飲んでいる雰囲気」(あくまでも例えです)だったので余計にパンチが効いた
 でもミステリーとしてのカタルシスではない。練られた構成か狙った構成かの判断は迷う所だけど、突っ込みたくなるギリギリラインで留まっている感のある意外性が効いてるのだと思う。
 それとラストたった一行、数文字での種明かしの上手さによる勝利だと思う。

 萩原さんの読者へのサービス精神に乾杯(完敗)だ。
  

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| 萩原浩 | COM(4) | TB(0) |
2010-09-12 (Sun)
   

 ドジでのろまな夢見る14歳の実加(石田ひかり)は、優しい両親と自分とは正反対のしっかり者の姉・千津子(中嶋朋子)に囲まれて幸せな日々を送っていた。ところがある朝、学校へ行く途中、忘れ物を取りに戻ろうとした千津子は、突然動き出したトラックの下敷きになって死んでしまい、その事故のショックで母・治子(富司純子)はノイローゼ気味になってしまう。実加はけなげにも姉の代わりを演じようと、ひとり明るく振る舞うが、ある日、変質者に襲われかけた実加は、死んだ千津子の幽霊に助けられる。その日以来、実加が難関にぶつかると千津子が現れ、“ふたり"で次々と難関を突破してゆく。そして千津子に見守られながら、日に日に美しく素敵な少女に成長していく実加は、第九のコンサート会場で、姉の知り合いだったという青年・智也(尾美としのり)に出会い、ほのかな想いを抱くようになる。やがて16歳になった実加は、千津子と同じ高校へ進学。演劇部へ入部し、千津子が生前演じたミュージカルの主役に抜てきされるが、そんな実加をやっかむいたずら電話により、治子は倒れて再び入院する。それと同時に北海道へ単身赴任していた父・雄一(岸部一徳)の浮気が発覚する。崩れかける家族の絆を必死に守ろうとする実加と、それを見守る千津子。そして、実加がそんな事態を乗り越えた時、それは千津子との別れの時でもあった。こうして自立していく実加は、この出来事を本に書き残そうと心に決めるのだった。-gooより






 今まで見た映画の中でこれは原作を越えたなと思うのは「風と共に去りぬ」「ふたり」である。
 映画を先に見てその後に赤川次郎さん原作の「ふたり」を読んだけど、私にとってはあまりにも映画が素晴らし過ぎて原作が色褪せて見えた不幸なパターンである。
 こう書くと原作がつまらないように思われるかもそんな事は無く素敵なのである。赤川次郎さんの創り手として才気が伺える十分な秀作だと思う。
 ただ原作読んで小説では到達出来ない「映画の力というか総合力の凄さ」をまざまざと感じ入ったかな。 やはり映画は映像や音楽とか役者さんとかのあらゆる要素が花開くフィールドで、それらが咲き誇ったときの見事さは別格である。
 それと原作ではお姉さんは声だけの存在として蘇るが、映画では幽霊とはいえ姿が見える設定になっていて映像の利点を生かしているので余計に心に入りやすいのもあると思う。

 名作映画に決して欠かせない要素は役者さんの魅力だろう。
 メインキャストの中嶋朋子さんも石田ひかりさんも素晴らしい。勿論「演技」なんだろうけどこの作品世界ではお2人はそれぞれの役柄として生きてるんだろうなあと思った位である。
 大林監督は他の作品を見ても思うが、少女時代という稀有な一時の輝きをフィルムという形で「瞬間パック」にして残す技量は卓越してると思う。女性的な襞をお持ちの方なんだろう。
 個人的には石田ひかりさんの演技が印象深かく残っている。この作品が映画初デビューらしいが見事に「少女が大人へと成長する」一時を演じきっていて、その年の映画賞新人賞を総なめされたのも頷ける。
 ホントに最初は垢抜けない子供っぽい少女が、自立への階段を登るたびに脱皮するように美しくなっていく様が驚きなのである。勿論お化粧とか髪型の影響もあるのだろうけど、雰囲気というのが身にまとう空気が違うのである。
 後にNHKの朝の連続ドラマに主演する一里塚はこの辺りから刻まれているのだ。 

 この作品を「ジュブナイルファンタジー」と評した解説があるがこの映画を端的に約した見事なラベルだと思う。
 原作よりずっとファンタジーな仕上がりになっている。大林監督のロマンチズムの現れとも言えるかも知れない。でもそのファンタジーさが上手く「少女の成長物語」として作用していると思う。
 実加が千津子に見守れながら自立して行く姿を尾道の美しい景色や名曲等のディティールで彩らせながら運んで行き、結構長めの映画だけど見るもの飽きさせずその世界に釘付けにしてしまう。
 実加が口ずさんだりバックに流れる曲は「草の想い」というタイトルで大林監督作詞で久石譲さんが作った曲である。
 これが本当に本当に名曲でこの歌があるとないとでは作品の完成度は3割は違っていただろう。それ位縁の下の力持ち的な曲である。
 エンディングでこの曲が流れた時と鳥肌が立った。

 でも自立出来た時が別れの時というのが切ない。それがbetterな締めくくりなんだろうなとも思うけど。
 千津子が呟いた言葉。
 「私は終わったことばかり。あなたは、これから始まることを大切にして」
 彼女の時間はもう進まない、実加の時間は進んでいくのだから別れの時が真の自立なんだよな。
 でも実加が千津子との二度目の別れの後嘆くのではなく、自分と分離不可能な想い出として心の中で生き続けさせる姿に本当に少女時代から脱皮した姿を感じて感動した。

 人は亡くなっても想いは残る。自分が封印したりしない限り形を変えるだけで「ある」んだなと思った。
 


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2010-09-11 (Sat)
 

 幸せになりたい女性達の6編の物語

 「枕香」
 恭子は過去の苦い経験から今の恋人である晋平には思いっきり自分の欠点を見せていた。
 わがままばかり言い困らせ、元々口数の多くない晋平は恭子から吹っかけられる口喧嘩にあきらめ顔で降参するのが常であった。
 晋平の仕事が多忙の為になかなか会えない日が一ヶ月近く続き恭子は怒り爆発寸前となる。電話で散々晋平を責めた後、会うために夜更けにも関わらず晋平のアパートへ無理やり押掛けるが。。。。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 

 *若干ネタバレ有り
 
  解説の方がカウンセラーなのだけとてもGJな仕事をしていて作品を上手く洗い出していた。
 という訳でこの方の解説を交えながら作品をご紹介したい(解説者の言葉は『』で括ります)。

 乃南さんは何冊か読んでいるが、短編も長編も「なかなか」な方である。もう少し言葉を付け加えるのならソツの無い作品を書かれる方とでもいうのだろうか。
 たま~に大ヒットを飛ばしてくれるので、その球を受けるのが楽しみで読み続けている。

 この作品に出てくる女性は「幸せになりたい」ごくごく普通の女性達である。でも皆自力本願ではなく他力本願で幸せになりたい王子様を待っている女性達なのだ。
 でも現代の女性は素直に待ったりはしない。「待つわ~♪」のあみんちゃんのように忍耐強くはないのだ。自ら仕掛けたり策略したりして王子様をGET!!! しようとするが、でもそれがどこかで狂ってしまい不幸になっていく様が読んでいて女性の私には痛い。
 どの女性もただ「幸せになりたかった」はずなのに、違う方向に流れてしまうのは哀しい。

 この「枕香」はラストの意外性が他の作品を圧倒している。
 恭子は解説者の方が書かれているように『一生懸命に恋愛しているだけ』なのである。でもこの作品集の中で一番哀しいラストを迎える。
 一途さも方向を間違えれば「ウザサ」と紙一重だ。読んでいてこういう女性はさぞかし疲れるなあと思った。
 恭子自身は晋平との小競り合いや口喧嘩も刺激的だと思い恋愛ドラマの調味料だと思っていたが、それが実の所は気持ちが離れる材料になっているとは思っていなかった。
 恭子が共に見ていると思っていた景色と、晋平が見ていた景色が違っていたのが悲劇である。
 「枕香」というタイトルから若干推察出来るように、晋平の家にある客用の枕に残っている香りから恭子は晋平が浮気をしていると断定するのである。
『女の勘は恐ろしいもので「かもしれない」ではなく、何の根拠もなく「こうだ」と決定出来る。』のである。
 でもたいてい男の浮気に関する女の勘は当たっている。女の勘は理論すら超えてしまう

 『男にとって女の「連絡がない」というのを駐車違反程度にしか考えていない』というのは真実だろう。男の世界はもっと広い。自分の持っている世界のうち一つの部屋を恋人の為に明け渡す事が出来ても、何部屋も提供出来ないだろう。
 でも大半の女性にとっては愛する男性との恋愛は自分の世界の大部屋を占める。恋人から「連絡がない」の天変地異の如くである。
 男と女の違いを思った。でも男と女が同じ愛し方をすれば恋愛関係は進まないのかもしれない。

 乃南さんはブラックを書かせたら割と良い出汁出してくれます。


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| 乃南アサ | COM(0) | TB(0) |
2010-09-08 (Wed)
 

 智明は不倫相手が自殺するという人生最悪の時に、同じように夫と子供を失った為に人生最悪の時の馨と出会う。それは偶然というより奇跡に近い出会いであった。
 共に大事な者を失った者同士が喪失感に苦しめられながらも、互いの存在に慰められながら共に生きる時間が動き始めて行く物語。


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 よしもとばななさんの作品の中で私にとって2TOPは「キッチン」(心のキューピーコーワ)と続編の「満月」である(取調べ室ではないがカツ丼)。
 個人的にはこの二つの作品はよしもとばななという才能の一番絞りな作品だと思っている。彼女の才能の最も煌きのある部分をうまく引き出せた味わい深い旨みがある。

 でも何気に「サンクチュアリ」は気に入っている。上記二つが「一番絞り製法」作品なら、この作品はめずらしく男性主人公の三人称視点の書き方で「特殊製法的」な作品である。
 ばななさんの作品は正直「人が書けている」作品では無いと思う。人のあるポイントをフォーカスし拡大して書かれた感じがする。だからキャラクターは魅力的だけど「まずこういう人間は現実にはいそうにいないだろうなあ」人達なのである。
 でもこの作品の登場人物は現実にいてもおかしくはないなというリアルさがあって、他のばななワールドとは一線を画している(当社比)。
 ばななさんの才能の箸休め的な作品のような感じがしてお気に入りである。

 智明も馨も大切な人を失いその喪失感に心は日常から逸脱した世界を彷徨っている。その2人が必死に絶望から日常に戻る姿はツクリゴトの世界であっても愛おしく感じる。
 何があっても生きる方向へと向う指針を持つような馨の強さは素晴らしい。生きていく能力も持って生まれた才能と呼べるものかなとも思う。
 智明が馨と出会ったのは彼女が秘技「ひとり泣き」をしている時であった。馨はただひたむきに泣く、誰かに何とかして欲しいというのではないまっさらな泣き方をして自分をあやす。
 私は基本的に泣かない。心の病の最悪な時期につらくて散々泣いて「泣くのは嬉し涙と感動の涙のみ!!!」と決めて以来「泣かない女」なのだ。
 でもそろそろ自分に泣く事をゆるしてもいいのかなとこの作品を読んで思った。自己憐憫の涙ではなく、馨のように自己の糧となる涙ならありかなと思う。
 
 もう1人のヒロインである智明の不倫相手である友子という存在が凄く光っている。
 馨は全世界を失っても生きる事をあきらめない自分をやり抜く強さを持った女性である。
 でも友子は自分の世界に入った亀裂に耐えられずに全世界を放り出してしまう。
 智明が出会った高校時代の彼女は何でも思い通りになる位輝いた特別な存在であった。だが夫の浮気をきっかけに思い通りに行かない現実に打ちのめされる。
 例え絆創膏(ばんそうこう)だらけになってもある程度は傷を負う事は必要なのかもしれない。そうすれば傷を上手く処置する方法をちゃんと身に着けていくはずだから。
 友子が傷の痛みに負けて自分を損なっていく姿は可哀想で切なかった。 

 2人の対照的なヒロインを智明を軸として照らし合わせるのは上手いと思う。
 
 「幸せなもの」をいとおしむ余裕を取り戻していく智明と馨に、何があっても自分を捨てなければ生きていけるものだと思わせてくれた。 
 

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| よしもとばなな | COM(2) | TB(0) |
2010-09-04 (Sat)


 1人の少女が何者かによって殺される。少女の名は安藤麻衣子。とびきり美人で頭も良く人気もあった。
 イラストレーターの野間は彼女の童話の挿絵を書く事になっており、かつ一人娘の直子は麻衣子と中が良いという縁があった。
 ある時娘の直子が自分は殺された麻衣子だと名乗り始める。。。。「表題作 ガラスの麒麟」

 光輝いていると思われていた安藤麻衣子の心の闇を辿る6つの物語。

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 奥義!!!二刀流 「モノレールねこ」の記事でも書いたように初期の初期の加納さんはモロ「女性版北村薫さん」的な作風であった。
 その彼女が独自の作品世界を築かれたと感じたのはこの「ガラスの麒麟」からかなと思う。脱皮のようなそれまでとは色合いの違う作風にちょっと驚いた。
 日常的な謎を優しいメルヘンタッチで書かれていてパステル画のようだったが、この作品では殺人という「死」を取り扱われていたからである。 

 この作品は「第48回日本推理作家協会賞・短編および連作短編集部門の受賞作」だけど、正直に書くと納得の受賞という印象は受けなかった。。。調べた所「日本推理作家協会賞」は「プロの作家がプロの作品を選ぶ栄誉ある賞」らしい。腕一本でおまんま食べる人と、お給料で食べる一般人に過ぎない読み人の「ものさし」とは計る所が違うんだなあと思った。栄養にする要素が違うんだろう。
 「推理物」としては際立ったトリックがあるわけではないし、目新しいわけでもない。そしてラストの安藤麻衣子が選択した立ち居地(=彼女が被害者となった真実)にどうしても首肯出来ないのである。この一点は作品の要なのだけど私的には普通あり得ないだろう「真実」だった。残念だけど、ミステリーとしてのカタルシスをあまり味わえなかった。
 ミステリーというフィールドを使いながら青春小説へと昇華させた部分は賞賛したいが、やはりミステリーの賞ならその部分が輝いている作品が受賞して欲しい。

 私にとってむしろこの作品はミステリーではなく文学作品である。
 主軸は殺された「安藤麻衣子」という美少女の残像が照らされながら、傷付いた過去を持つ養護教諭の神野菜生子が安楽椅子探偵的な役割でちょっとした事件を解決していく連作で、最後に殺人事件の真相と神野先生の物語の全容が浮かび上がる仕組みである。
 でも紛れも無く「青春小説」だと私は思う
 とにかく10代の揺れ動くアンバランスな少女の気持をトレーシングペーパーでトレースしたんどゃないかと思う位見事に書けている
 若さというのはエネルギーがあって、お肌もツヤツヤで、希望に満ち溢れているという「陽」の部分もあるが、気持ちが不安定でアンバランスな「陰」の部分もある。
 自分の10代のある種の生きづらさを思い出していた。あの頃はどうしてあんなにも見える(見えている)世界が狭かったのかなと思う、もっと視野が広ければあんなに悩んだりしなくても済んだような気がする。まあ、それが若さ故の未熟さなのだろうけど。
 その狭い世界でさえ自分の手に余るような数々の現実への不安感、自分が立っている世界の危うさ、未来という漠然としたものに対するある種の怖さ、そういう事で怒ったり絶望したり悩んだ日々がリアルに蘇ってくる。
 かつて私も少女だったなとふと思い出した

 乙女な気持ちを蘇らしてくれた意味ではGJな作品である。  



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| 加納朋子 | COM(0) | TB(0) |
2010-09-01 (Wed)


  念力放火能力者を持つ青木淳子は力の放出場所として選んだ廃工場である事件に遭遇する。
 何人かの若者達が1人の男性を始末しようとしていたのだ。姿を見られ襲われそうになった淳子は自らの能力で次々若者を炎で燃やしていく。
 たが肝心の「アサバ」というリーダー格の男を逃してしまう。まだ息のあった男性からなつこという女性を助けてくれるように頼まれた淳子は、男性の仇打ちと女性の救出の為に「アサバ」を追う。

 石津ちか子は今年47歳になる女刑事である。廃工場の事件の詳細を知らされかつて同様の焼死体で発見された荒川河川敷焼殺殺人事件を思い起こす。
 それは女子高生連続殺人事件の第一容疑者でありながら決めてとなる証拠が無い為に裁きを受けなかった若者が、無残な焼死体で発見された事件であった。


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 *ネタバレ有り 

 古くは「必殺仕事人」等の「必殺」シリーズや「ハングマン」今なら「ジョーカー」等、法の裁きを免れた悪を成敗するというお話は喝采を浴びるものなんだなあと思う。かく言う私も大好きであるが。
主人公である青木淳子は念力放火能力者である。自分の能力に「意義」を持たせる為にその力を持って無軌道な殺戮を犯す者達へ制裁を加える。宮部みゆき版「必殺仕事人」という感じだろうか。勿論宮部様なので単なる勧善懲悪ではなく色んなおみやげをご用意して下さっています。

 淳子は「超能力者」ではあるが読んでいて感情移入した。彼女が自分の危険なしかし強力な能力を誰かの役に立つ方向に使いたいと願い、それを裁かれない犯罪者への「制裁」に使うのは正しいかどうかは別として共感出来る。
 淳子に制裁を加えられる極悪人は本当に「100%純生」という感じの悪いやっちゃなので、彼等を炎で焼き尽くすシーンは正直読んでいて痛快、爽快であった。特に一見弱者の立場と言える「か弱い女性」に与えられた強力な武器だからこそ余計にカタルシスを感じるのである。 

 また淳子を取り巻く他の登場人物達のエピソードが実に面白いのである。
 淳子と同様の念力放火能力を持つ少女かおり、まだ力のコントロールの効かなかった幼き頃の淳子によって弟を殺された刑事の牧原、そして同じ様に特殊な能力を持つが故に孤独な浩一等。
 彼等のパズルのピースで出来上がってくる図柄に惹きこまれるようにページを進めた。
 特に石津ちか子という女刑事の存在は淳子とは真逆のスタンスを持つ者として、この作品における正義という秤のバランスを取る存在のような気がした。
 登場人物達の心情が丁寧に書かれていて「超能力」という設定が非日常感を感じさせない。

 読んでいくうちに自分は正義の実現をしていると思う淳子がだんだん闇に飲み込まれて行くのが切なくなってくる。その闇は人を殺すごとに淳子が気づかぬままに彼女の心を侵食しているように感じた。彼女が手にかけた犯罪者達とは全然違うスタートラインに立っていたはずの淳子が途中から同じゴールに向っているように思える。 
 相手より絶対的な優位な力を持ち他人の生殺与奪を握ってしまうのは神に等しい存在である。その魔力に善良なはずの淳子でさえ抗えない。

 「凶悪な犯罪者に対する私的制裁は肯か否か、それは正義なのか?」 
 というテーマは色んな作品で語られている。
 私個人はやはりどれ程正当な理由があったとしても殺してしまったら「同じ」だと思う。ベクトルは違っても、結局は「命」を奪うという着地点は変わらないのだから。
 奪っていい命か殺していい命かの判断や「正等な理由」のライン引き等は人間の担うものではないのである。
 それをやってしまったら文中の言葉にあるように「自分勝手な生物」へと成り下がってしまう。
 石津ちか子の「遠回りでも、安全運転で正しい目的地を目指す」スタンスが絶対的に正しいとは言わないが闇に迷わない道だと思う。
 
 この作品を読んで中村主水の自分は正義の味方ではなくろくでなしに過ぎないという考え方はすがすがしいのだと思うた。

 

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| 宮部みゆき  | COM(4) | TB(0) |
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