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2010-08-29 (Sun)
 今回は完全にワタクシの独断偏見、趣味の記事です。太宰治に興味ない方はスルーしてやって下さい。
 
 太田治子さん著の「心映えの記」は私にしてはめずらしく何度も読み返す本である。素直に心に響いて来る。取り立てて何か際立つた美点がある作品ではないのかもしれないが、気持ちにとてもダイレクトに響く何かを持っている。

 この本の中で一番印象深かったのが下記の箇所である。
 どちらかな?「心映えの記」の一部を抜粋するが、

 『「幼いあなたは私にこう聞いたの。“太宰ちゃまは、美知子さまと山崎さんとママの中でだれが一番好きだったの」 幼い治子さんが母の静子さんに問うた質問。静子さんは治子さんの為に「ママよ」嘘をつく。そして治子さんが成人した時太宰が一番好きだったのは「○○」であったと告げる。』

 この○○は「奥さまの美知子さま」なのである。私はこの下りを初めて読んだ時、涙がホロリと出たよ。
 太田静子さんの心情に、太田治子さんの気持ちに、2人の思いに馳せると切なさといじらしさがこみ上げてきた。
 同時に「やっぱりそうだったのか」とも思った。
 というのも太宰の代表作の一つで太田静子さんがモデルになった「斜陽」を読んだ時に、
 「あれっ?ひょっとして太宰が一番好きだったので奥さんじゃないのかな?」と思ったからだ。
 斜陽のラストにで太宰の分身の1人である直治が遺書に、師事している上原(これも太宰の分身)の妻への恋心を綴った箇所があるのだけど、この箇所は太宰が愛人である太田静子への「自分の一番好きな人間は誰か」を伝えるメッセージだと感じた。 

 でももう1人の愛人である山崎富枝さんとあんなド派手な心中したし、太田静子という愛人作って子供をこさえているし私のセンチメンタルかなあと思っていた。

 だが「心映えの記」を読んでストンと自分の中に納得感があった。
 ただ太田静子さんも、太宰が生きている頃からそれを見抜いていたわけではないと思う、幾らなんでも。
 太宰が死んで、年月が過ぎて、色んな事柄が削ぎ落とされて見えた真実ではないだろうか?

 大宰夫人である美知子さんが亡くなられた時に、遺族の方が未発表の太宰の遺書として公表された中に
 「美知様 誰よりもお前を愛していました」  
 という一文があった。
 それなら何故愛人こさえて、愛人と心中するのかと思うが、凡人には全く理解出来ない天才作家の性なのかなと思う。
 妻を愛し、家族を愛していても、どうしてもその安息に身を置けない。どうしようもなく破滅の中にしか安らぎを感じられない。
 それこそが津島修治という個人を太宰治という作家に至らしめているものだと思うけど。
 天才も大変である。

 美知子さんは彼女の生前にこの遺書は公表されなかった。公表されていれば美知子さんに対する雑音ももう少しトーンダウンされていただろう。
 公表せずご自身だけに秘めていた所が、美知子さんの矜持であり強さだなと思ったよ。

 ただ太宰って残酷だなあと思ったのはあれだけ献身的に尽くし、何もかも捨てて太宰と一緒に死んだ山崎富枝さんの事を作品に書いていないのである。
 美知子さんは何度も作品に書かれ「ヴィヨンの妻」という傑作を生み出させている。
 勿論家族という身近なテーマが作品にし易いというのもあるが、それでも山崎富枝さんが可哀想になる位作品に反映されていない。

 よく太宰の一番愛してた人間は誰かと余計なお世話な興味の対象になっていたが、結局の所、愛人の静子さんも、妻の美知子さんもそれは知っていたのである。

 ああドラマだ



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2010-08-28 (Sat)


 日常に潜むちょっとした影を宿した17編の短編集。

 「小さな耳」
 妊娠中の由香里はセールスマンの口車に乗せられて高い胎教用の教材を購入する。それは高校の同級生であった辻堂真希子へのライバル心からであった。当時は自分の方が成績は良かったが、彼女は今天才児辻堂大介君の母親としてマスコミに脚光を浴びていた。
 だが騙されてしまい残りの教材も送られてこず支払ったお金も返って来なかった。お腹の子にその一件を教訓話にして語る事によって自分を慰める由香里であった。
 生まれてきた我が子の博文はどこかおっとりしたのんびり屋さんであった。天才児に育てようとするも人並みより発育の遅い我が子にその願いもあきらめる。だがそれでも由香里は博文が可愛くて仕方がなかった。
  博文の通う幼稚園で誘拐未遂事件が起こる。夫と共に絶対知らない人に付いて言ってはダメと博文に諭すが彼からは意外な返答が有り驚く由香里であった。
 

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 祝!!!完走「女友達」の記事でも書いたように新津きよみさんは短距離ランナーに向いている作家さんだと思う。
 「彼女達の事情」はショートショートで新津さんの短距離ランナーとしての技量が遺憾なく発揮されている。
 短編の上手さは詰まるところ作者の「センスの良さ」がどれだけ作品に反映されるかではないだろうか。
 長編はさすがにセンスの良さだけでは乗り切れないけど短編ならその瞬発力でゴールに突っ走れる。新津さんのセンスの良さがイイ感じで活かされている。
 ホラーあり、ミステリーあり、ホロリありと様々なストーリーが用意されているがどれもキレがあり粒揃いで唸らされる。
 ショートショートというかなり限定されたフィールドで「短距離の名ランナー」と思わせる走りをする新津さんに拍手である。

 17編の主人公達はほぼ女性である。タイトルの「彼女達の事情」というのは上手いつけ方したもんである。
 解説に「日常を一歩だけ踏み越えてしまった彼女たち」とあるが、本当に僅かに日常からブレてしまいそれ故シュールな世界を体験する女性達の物語である。
 自分にも起こり得るような身近な話というわけではないが、誰しもその一歩を踏み越えてしまう可能性は常にはらんでいるんだろうなあとは思った。良い意味の非日常なら退屈しのぎに歓迎だけど、悪い意味の非日常はホラーよりゾクリとする怖さがある。 
 
 幾つかの「彼女達の事情」を紹介すると、
 今の生活に満足しつつも若干退屈している主婦の容子は夫の後輩をつまみ食い。その後輩夫婦をホームパーティに招待するが、相手の奥さんの手作りのケーキの中に仕込まれていた「ある物」に気づきバレていないと思っていた浮気が知られている事を悟る「ホーム・パーティー」
 由紀子はコブつきの山路との結婚を真剣に考えており、彼1人娘の佐織と遊園地で顔合わせする事になる。観覧車に一緒に乗ろうと提案する佐織に由紀子は高所恐怖症のなので躊躇するも仲良くなる為にと同意する。佐織の態度に結婚に反対の意志を読み取るが、その態度は23年前の父親の結婚をある方法で壊した由紀子自身の姿であった「冬の観覧車」
 
 そして私が一番気に入っているショートショートが「小さな耳」
 この作品集の中でも毛色が違う作品である。他の作品が大なり小なり影を含んでいるのに対して、この作品は一種の清涼剤のような優しいトーンの話になっている。
 由香里はいわゆる親馬鹿なんだろうけど可愛いタイプの親馬鹿である。それが上手く作品の中でエッセンスとなって作品を仕上げている。
 「胎教」がキーポイントなのだがラストでそのオチが凄く効いている。オチのカタルシスいう意味では他のショートショートに幾つも優れたものがあるが、この作品の優しい気持ちを抱かせるラストに一番気持ち的なカタルシスを感じた。

 「新津きよみ」という作家の試食には中々もってこいの作品集ではないかと思う。
 

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| 新津きよみ  | COM(0) | TB(0) |
2010-08-25 (Wed)


作家平安寿子さんは40歳前に神様へ「わたしのこれからの仕事は、書くことと、親を見送ること。それ以外は何もできなくても構いません」とお願いした。
 そのお願い事が全て叶えられるまでの道のりが綴られた自伝的私小説。

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  今回の記事は長いっす!!!

 最近思うのは文章への最高級の褒め言葉は「読みやすい」ではないだろうか。「流麗な文章」「読み手を惹き付ける文章力」も勿論素晴らしいが、文章というか文体のバランスの良さの集大成が「読みやすさ」だと思う。平さんの作品を読んそれって改めて大事だなと思わされた。
 平さんは私にとって「はじめまして」の作家さんだが「神様のすること」は読みやすくて面白かった。
 この本は平さんのお母さんが倒れられてから亡くなるまでの6年間の介護の日々を、ご両親の歴史とご自身の作家になるまでの道のりを交えながら綴られた「我が家の歴史」的な作品である。
 その物語にNHK朝の連続テレビのように何か波乱万丈のドラマがあるわけではなく、ありふれた日常の一コマである。それでも読み手をあきさせないのはやはり腕一本でおまんまを食べている「巧みの技だあ」と思った。

 身内を介護する者の思いが良い意味でクールにドライに書かれている。長い介護におけるネガティブな感情や、避けられない「死」というものに対してユーモアという優しさを持って描かれている。だから暗さや陰惨さは無く、レビューに「解体全書みたい」という意見がそんな感じの趣がある。
 合わせて書き込まれているご両親の歴史ドラマが面白い。
 お父さんはとりたて夢や野心を持たない受身のままで生きる暢気者。お母さんは目標や夢を定めて邁進するエネルギーのある自我の強い人。
 ごく普通の人の生き様が綴られているのにどこか普遍的な人間の営みを読む思いであった。
 またご自身の幼き頃に負った火傷のトラウマ、生き方に迷った30代後半、そして46歳で小説家となった道のりなどのエピソードも織り込まれており、それらを含めた平さん一家の色んなエピソードが混沌とするのではなく血と肉となって「一つの家族の歴史物語」を紡ぎだし読む者を引き込む。
 時代が変わっても人の営みなんざ今も昔も変わらず日々悩み喜び、そういった事を何代にも渡って繰り返してるんだろうなあと思う。

 実は「神様のすること」というタイトルに惹かれて読んだ。何度も書いているが私は無宗教だけど、神様はいると思っている。
 平さんは付き添い天使の存在を信じている。その天使は無力でただ一緒に泣いたり笑ったりする天使らしい。
 平さんの高校時代の級友の言葉である、
「天国なんか無い死んだら塵になるだけと思っている人は死んだら塵になるだけ。天国を信じている人は、死んだら天国へ行く」(省略抜粋) 
には私も同意見である。
 世界はびっちりとした規格で出来ているわけではなく、意外と「ゆるい」んじゃないかと思う。「いる」と思えばいるし「いない」と思えばいないように世界は私が見たいものを見せる、それが「私の現実」なんじゃないかと最近思う。
 世の中の真実なんてものは神様の手帳でも覗き見しない限りは本当の所はわからないと思う。それなら自分が信じたい「真実」を信じればいいのではないだろうか。
 
 平さんは神様は私の願いを聞いてくれる。100%聞き届けてくれたとおっしゃっている。「小説家になりたいと願い、そうなった。親を見送りたいと願い、親を見送る事が出来た」と。
 神様という言葉が平気で出てくるけど嘘臭さとか怪しさというのは感じなかった(人によっては感じるのかもしれないが)。
 「苦渋をなめる事なしに願いは叶わない。神様のルール」という意見には賛同しかねるけど、願い事というのは取り下げなければなんだかんだいいながらも最終的には叶うんじゃないのかなあと読んでいて思った。「棚からぼた餅」的なというか「グリコのおまけ」的な気軽さで待つのがいいかも。

 平さんは「これからもよろしくお願いします」の作家さんになるかもしれない。

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| 平 安寿子 | COM(4) | TB(0) |
2010-08-22 (Sun)
 

  野球部の応援ブラスバンドのため、弁当を届けた補習組の友子たち。ところが、その弁当を食べた部員が食中毒に。ひとり難を逃れた中村は、次の試合までに即席ブラスバンドを結成しようと試みる。集まったのは、友子たち落ちこぼれが17人。仕方なく、17人で演奏可能なビッグバンドジャズを組み、早速練習を開始した。次第にジャズの楽しみを覚えていくメンバーだが、本番前日、ブラスバンド部員が退院し、ビッグバンドは解散に。気持ちが収まらない友子は、自分たちでビッグバンドを組むことにするが…。-gooより







 学校の授業で一番苦手な科目は「音楽」であった。実は数学より苦手である。
 別に音楽教師にイジメられたとか、我が家の家系に「音楽」にまつわる呪いがあったとか、そういうトラウマがあった訳ではない。
 ようは好みの問題だったのだと思う。子供の頃に食べれなかったシュークリームが大人になって大好物になったように、嗜好の変化により最近はようやく歌謡曲や癒し系のクラシックとかは聞いている。 
 それでもさすがに「ジャズ」という分野は私には敷居が高過ぎると思っていた。その意識をとても良い意味で壊してくれたのが「スウィングガールズ」である。
 
 「スウィングガールズ」の監督・脚本は「ウォーターボーイズ」と同様の矢口史靖さんである。女性版「ウォーターボーイズ」という感じである。こういうのは「二匹目のドジョウ狙い」になるんだろうけど、二匹目のドジョウも豊作でした。
 「ウォーターボーイズ」では男子高校生達とシンクロナイズドスイミング、この作品では女子高生達とジャズ音楽というように一見ミスマッチだけど味わってみると実に美味な「苺大福」戦法をやらせると本当に矢口史靖さんは上手い。
 彼の作品を幾つか見て思うのは題材をとにかく調べ尽くされている。そしてその題材の軸になるポイントをがっちり掴んで縦横無尽に料理する。でもポイントを掴んでいるから本質からブレない。
 
 レビューにも書かれていたこの作品は「音楽版スポ根物語」である。
 全く楽器未経験の女子高生達が演奏の喜びに目覚め苦労しながら上達していく。こういう主人公達の成長物語的な青春映画というのは「ロボコン」の記事でも書いたようにありきたりだけどツボを突き易い。
 「ロボコン」はその青春の輝きを純粋に淡々と撮っていたが、この作品は矢口テイスト満載でコクとアクがあってより娯楽的な作品に仕上がっている。
 正直若干遊び心が行き過ぎだなと思う部分が私にはある。でも女子高生達の方言の愛らしさや景色の美しさ、女子高生達の活き活きとした姿などディティールを上手くコラージュして見る者をとても楽しませてくれる。
 ディティールの按配の上手さは矢口史靖作品の真骨頂だなと改めて思った。

 ウィキペギィアを見て知ったが主演の上野樹里をはじめメインの5人は担当楽器が未経験というのが驚きである。
 それ故吹き替え部分あるのだと思っていたが全て実際の演奏だというのが更に驚きである。
 「ウォーターボーイズ」の時も同様だけど、こういう未経験の事柄を練習を重ねて最後にお披露目するという作品は一種のドキュメンタリーでもある。映画撮影というか制作部分がそのまま実体験になっているのだから。
 ラストのコンサート会場での演奏は素晴らしかった。 
 ちゃんとしたジャズ演奏のパフォーマンスになっていて、全くのド素人がよくぞあれだけのレベルに仕上げてこれたと感心した。ジャズってこんなに心躍るのかと思った。耳で聞くというより体で聞いている感じだ。
 ホント、創作の神様は上手く舞い降りてくれる。 
 演奏が終わった後のメインキャストの5人の表情がイイ。この時は演技ではなく素の感動なんだろうなというのがわかる。

 この作品は深いメッセージ性とか社会性が反映されているとか作品ではなくあくまでも頭の先から爪の先まで娯楽作品である。
 それでいながらも見ている者に心地良い感動と何かを伝えるのは心から楽しい映画だからだと思う。
 「楽しさ」というのは深い何かを伝えるんだなと思った。

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2010-08-21 (Sat)


  長年地球を監視続けた「天使」。
 一万項目のマイナス次項がチェックされた時、アーシアン(地球人)は彼等に滅ぼされる運命になる。
 天使の中で唯1人突然変異で黒い髪と黒い翼を持つ天使であるちはやは、アーシアンを守る為にプラス項目をチェックする正の調査員に立候補する。そして負の調査員である上級天使の影艶と共に地上へと舞い降りる。
 前半は彼等とアーシアンとのエピソード、中盤以降は同性でありながらも互いに好意を抱くちはやと影艶の関係性にスポットが当たりながら(同性愛は死罪である)、天使達を絶滅に追い込む可能性のある「黒色ガン」綴られている。


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 いつも私のブログにお越し下さる方の中には「あれっ?おりえさん、最近マンガの記事多くない?」と勘付かれた方がいると思う。この猛暑の中図書館に行くと溶けてしまいそうなので、我が家にある本(ほとんどマンガ)を再読中。 「温故知新」プログラムと名付けて邁進中。 

高河ゆんさんの代表作と言えばこれもう「アーシアン」だろう。この作品は単行本(でいいのかな)で5巻まで出ているが、最終回前の数話はどういう理由かはよくわからないがかなり長い間単行本に収録される事なく放置されたままになっていた。結局別の出版社から新たに書き加えられた外伝を含む全ての話が収められた完結版が出版された。
 その完結版を立ち読みしたのだけど外伝の絵は相当変化していて(ある意味この外伝が真のラストになるのだと思う)、別人が書いているような絵柄の変わり具合に私は途中で読むのを辞めてしまった。
 それ故完全な形で作品を読み終えていない視点で書かれている事をご了承頂きたい。

 高河ゆんさんは「やおい系」マンガ家として有名な人であった。だからそちら系統が苦手な人は「アーシアン」は厳しい思う。ただこの作品はその括りで拒否されるにはあまりにも惜しい傑作である。
 彼女の作品を読んで凄く感じたのは、
 「誰かが自分を愛してくれる世界、自分が誰かを愛している世界の愛おしさ」
を描くのが抜群に上手い人であるという事である。
 「人を愛する事」というテーマを薄めないカルピスの如くかなりストレートに表現されているが、そういう場合に付き物の「クサさ」とか「ある種のいやらしさ」は全く感じられないのがアラ不思議。
 人を愛するという思いが純粋に表現されていて堪らない愛おしさを感じ、意味も無く沸々とパワーが沸いてくる。
 扱い方を間違えれば陳腐で安くなりそうな「愛」というテーマを、まるで魔法のように輝いて魅せる彼女独自の色合いを持った表現世界と言葉の使い方はある意味神業とも言えるだろう(私がファンだった当時はである)。 
 
 どのエピソードも秀脱なのだが、この作品で私が一番好きなエピソードはバイオヒューマノイドである多紀の物語である。
 多紀はマッドサイエンティストに作られた人工生命体。博士からは人形だと偽物の命だと言われるが、今自分が確かに生きている命は本当に偽物なのか?彼は「自分は何者なのか」と問い続け人間になりたいと願う。
 幼い少女を救う為に高層ビルの非常階段を腕一本で支え千切れた腕の痛みに苦悩しながら「もし俺が壊れたら人が死んだ時と同じ場所で眠れるのか」と呟く多紀に、ちはやが「それは眠れるよきっと多紀はアーシアンだから」と言ってあげるシーンは胸に響く。
 「自分が何者であるか」という問いかけは私達だって同様だろう。あくまでも人工生命体という視点から綴られているが、多紀の自分探しの物語はある意味私達の物語とも言える。
 彼には犬機能というのがプログラムされておりそれ故絶対に博士に逆らう事が出来ない。殺されかけてもなぶられても博士の事は好きなのである。こういう設定の巧みさに彼女の創り手としてのセンスの良さを垣間見る。
 そんな多紀が守りたい愛しい子を見つけ、その思いに支えられながら自分を人間として認知していく様は切なくも愛おしい。
 
  「愛おしさ」が一杯詰まった名作である。

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2010-08-18 (Wed)


主人公の晴海戸苫子は26歳のフリーターで処女。
 ブスでも無いし、頭も悪くないし、手先も不器用でもないが、何故か自分を取り巻く世界としっくりこなかった。
 そんな他人と上手く付き合えない自分にイラだち持て余していた。
 彼女が生き辛い現実でやっていく方法として、何か嫌な事がある度に首の襟足の所に自分だけに見えるスイッチを押して自分をその場から消し去り、他人も同様に消し去る事を夢想していた。
 
 
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 「スィッチ」は「第一回 日本ラブストーリー大賞 審査員絶賛賞」を受賞した作品である。
 もっとも「審査員絶賛賞」はこの作品の為に特別に設けられた賞であり、こういうエピソードが如何に評価を受けた作品か端的に示しているだろう。
 この作品は審査員のお言葉にあるように、
 「平成ニッポンの『ライ麦畑をつかまえて』です」柴門ふみさん
 「ニート世代の太宰治「人間失格」かも」桜井亜美さん
 

まあ、所謂「それ」系のお話である。もう少し親切に説明するなら「世の中と仲良く出来ない自意識過剰な人間」のお話かな。

 とにかく新人さんとは思えない「物語」の紡ぎ方の上手さに驚嘆してしまった。
 まずキャラクター達の関係性の巧みさ。
 若干の恋心を抱くサルという男性との距離感があるようなでも切実なような微熱感覚、美味しい所取りの男受けだけはとびきりいい瑠夏とのあるようなないような友情、そして八方美人で人当たりはいいが実の所は苫子を見下している結衣との捻れた関係等。人間関係の心の「体温」と「距離」が絶妙なバランスで描写されている。
 そしてこれまた登場人物達のキャラクター造形が素晴らしい。本当に個性豊かに描かれる人間描写は血肉が通っている所か骨まであるんじゃないかという位だ。息づかいすら感じさせるリアリティな描写には脱帽。
 現実というラインにギリギリ迫っているようなリアルさ故にバッチリと心に響いて来る。
 楽しみな作家さんが誕生された事を喜びたい。 

 きっと覚えがあると思うけど「自分は特別」という自意識過剰、でも「何者でもない、何者にもなれていない自分」という現実とのギャップに苦悩した時期。でもそのクセ前向きな努力はしていない。勿論まるっきり努力していないわけではないのだけど、自分への言い訳レベルの範囲。
 「おしゃれじゃなきゃいけない」「キレイじゃなきゃいけない」そういう世間の価値基準を「へっ」と思いながらも、それらを満たしていない自分への失望。でもそれを気取られたくないプライドの高さ。
 かつての自分嫌な部分を薄皮を剥ぐように読まされている感じで主人公の苫子にイライラした。熱さも喉元過ぎればなんとやらである。
 「それ」系のお話しで女性が主人公というのは自虐ギリギリのラインになるなあと思ったよ。

 苫子が中々世の中と他人と自分と上手くやっていけないのは、自分を肯定出来ないから自我の軸がブレてるからだと思う。自分を肯定する事の難しさというのはよーく理解出来る。
 そんな彼女が悩んでいる中で今の自分を少し受け入れるポイント見つけていく姿が描かれている。
 若干ラストのネタバレになるが勿論抱えている問題が解決したわけでもないし、すぐに性格が変わったわけではない。でも少し足元が地についたお陰で今までよりは楽な姿勢で歩んでいくだろう様が気持ちの良い。
 大人になるというのは「何者でもない自分」を肯定出来ることなのかなあと思う。

 「人間失格」も「ライ麦畑でつかまえて」もどちらも主人公はアンハッピーだが、「スイッチ」の主人公はパッピーエンドというのとは違うのかもしれんが、光ある終わり方なのは作者であるさとうさくらさんの心意気だと思った。


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| さとうさくら | COM(0) | TB(0) |
2010-08-14 (Sat)


 院長夫人である夏枝は医師である村井との2人だけの時間を邪魔されたくないという思いから、三歳の娘であるルリ子を外で遊ばせた。だがその間にルリ子は佐石という男に殺されてしまう。
 夫の啓造はその事実を知り「汝の敵を愛せよ」という教え実践したいという動機を隠れ蓑し、夏枝への復讐の為に犯人の子供を引き取りその事実を知らせずに彼女に育てさせようと決意する。
 「陽子」と名づけられ、夏枝は実子の徹以上に可愛がって育てた。
 陽子は器量や気質も申し分のない少女としてすくすくと成長し、兄の徹も妹の陽子をとても可愛がったが、啓造だけは犯人の娘である事実に苦悩し引き取った事を後悔をしていた。
 ある日夏枝は偶然啓造の手紙を読み陽子が犯人の子である事実を知る。愕然とするが啓造への憎しみから表面上は気づいていない振りをし変わらぬ態度でいた。
 だが夏枝の陽子への愛情は消え去り憎しみの灯が点り、それは陽子が賢く美しい女性へと成長するにつれてますます燃え上がっていった。


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 氷点との出会いはテレビドラマが先だった。
 「継子イジメ」「血の繋がらない兄と妹の恋愛感情」「出生の秘密」等等。。。
 「美味しいよなあ。。。」 という素材テンコ盛りなドラマチックな展開が本当に面白かった。
 これ程萌えの緩急のツボを押えた原作を是非読んでみたいと思ったのが出会いである。

 設定と人物描写がとても巧みで読み手を飽きさせない。
 ただ基本設定自体は本来ならありえないと思う。幾ら妻の事を憎んでいるからと言って犯人の子供を育てさせるというのは現実では考えづらい。また「?」という唐突な展開も度々ある。
 それに主人公の陽子はありえない位の善意の少女として描かれていて「嘘っぽさ」を感じさせるギリギリの所で踏みとどまっている(陽子に関しての人物設定は考えがおありなんだろうとは思うが)。
 だがそれらを読み手に飲み込ませる魅力がこの作品にはある。それが無かったら作品として破綻していただろう。

 この作品は良い意味での大衆文学だと思う。
 作者の三浦さんはクリスチャンで有り作品のテーマは「原罪」。テーマを知った時「なんじゃそりゃ」と正直思った。それまで食べた事もない代物だったからである。
 原罪とは「人が生まれながらにして持っている罪のこと」らしい。
 私はメンタルだが基本はノーテンキで自分の半径1m以内の事は苦悩出来ても、1km以上向こうの事は壮大過ぎて取り扱えない。自分の今日の晩飯の献立に悩めても、「生まれながらの罪」なんてテーマで悩めない。
 だがこの作品を読んで初めて「原罪」というものを鑑みる事が出来た。もし単に「原罪」というテーマをまな板に載せられているだけであったら私は見向きもしなかったろう。
 難解な主題を解かりやすく表現して読む者に喚起させ、文学へと昇華させているのは凄いと思う。
 
 解説者の方は原罪は法には触れる犯罪ではない、人の心に巣食う負の感情だと具体的に説明している。
そういう人間の憎しみや妬みといった心の機微が丁寧に掘り起されている。登場人物の懊悩する姿は共感というより共振という方が近い感じである。感情に同調するより、その根幹にある弱さに感じ入るとでものだろうか。
 ただ私はやはりクリスチャンではないのでキリスト教的な考えである「人は生まれながらに罪深い」というのは肌に馴染めないとも思った。
 負の感情は罪なのだろうか?だいたい負の感情を抱かない人間なんてそりゃ神様しかいないだろう。その感情と葛藤し乗り越えていけば成長の肥しとなる。
そういう感情を罪深いというのはキリスト教の「いい子ぶり過ぎ」な感じがしてナンセンスだろう。
 三浦さんがクリスチャンだから仕方無いとは思うが、私にとってはキリスト教的な要素が「なんかなあ~」と思わせる部分だった。

 でも再読してこの作品は「元祖萌え作品」だとしみじみ感じた。
  
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| 三浦綾子 | COM(6) | TB(0) |
2010-08-11 (Wed)


 昭和20年代、14歳の進は父親の友人の避暑地である六甲山の別荘で一夏を過ごす事になった。そこには進と同い年の一彦がおり、2人は金持ちの娘である香という少女と出会う。
 3人はハイキングに行ったり一緒に宿題をしたりと一夏を共に過ごし、次第に進と一彦は香へ恋心を抱いていくという青春物語にミステリーが織り込まれている。
 昭和10年代に進と一彦達の父親が社長のお供で行ったナチスが支配するベルリンで出会ったた美しい謎の女性のエピソード。
 そして香の伯母である日登美の少女時代のエピソード。
 時と関係性も異なる三つのパズルが徐々に一つの大きな絵柄を作り上げていく本格ミステリー。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 この作品は08年の「このミステリーがすごい!」国内編第7位に選ばれた作品なそうな。
 ただ初っ端からこういう感想で誠に恐縮ですが、私の肌に合う作品とは微妙に違った。だからと言ってこの作品が「アカン」わけではない。
 アマゾンのレビューに文学とミステリーの融合という言葉があったように完成度は高い。
 ただ「本格ミステリ」という分野はどんなに面白くて優れていても、私には合わないという事を実感させられた作品とも言える。

 男2人に女1人という組み合わせは旧ドリカム状態という感じで、その3人の少年少女の一夏の出来事を回想する手立ては瑞々しい文章でこのパズルだけでも十分に読ませてくれる。
 どっちの少年とくっつくのかなあと思いながら読みつつ、出来れば私押しの少年であってくれえと思いながら読み進め、最後にニンマリとした。
 こういう設定はある意味手垢のついた設定ではあるが、やはり書き方次第で心惹かれる題材だなあと改めて思わされた。

 上記の叙情的なパズルの所々に置かれているのがミステリーである。
 元々ミステリーとわかっていて読んでいるので冒頭からの展開に果たしてどのように絡んでくるのだろうと思った。
 この作品は真相自体を語られている部分は無いので読み手が答えを推理する。
 実は私はラストまで読んだけど真相が全然わからなかった。読み終えた時「えっ?どういう事?」とどこか落丁部分があるのではないかと真剣に思ったほどだ。
 飛ばし読みしながら何回か読み返したけど結局降参である。
 
 勿論こういう時私は他力本願である。
 ネットで検索して「黒百合」のネタバレを丁寧に面白く綴っているブローカーさんがいたのでお世話になった。
 真相がわかって初めてタイトルの「黒百合」の意味がわかって感嘆した。これ以上書くとネタバレになるので差し控えるが、座布団をあるだけ差し上げたい
 あれがそれがここに繋がりあれがそれがミスリードなんだと、こういうのが本格ミステリーの仕立てなんだなと思わされた。

 結構楽しんだクセに「本格ミステリー」が肌に合わないというのは暴言だと思うが、ミスリードとか思惑の駆け引きとか作者との長調八兆を楽しめる読み手はを本当に一粒で二度美味しい珠玉の作品になると思う。
 私はどちらかと言うと出されたものを頭を使わず食せる方がやっぱり好きである。

 
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| 多島斗志乃 | COM(2) | TB(0) |
2010-08-08 (Sun)


 里美(長澤まさみ)は、「めんどくさい」が口癖の高等専門学生。居残り確実の里美に、担任が提案した引換条件は、第2ロボット部に入ってコンテストに出場すること。メンバーは、エリート軍団の第1ロボット部からはみだした3人。気弱で統率力のない四谷部長(伊藤淳史)、協調性ゼロの天才設計者、相田(小栗旬)、技術はピカイチでもユーレイ部員の竹内(塚本高史)。嫌々参加したはずの里美だが、試合に負けても気にしない部員たちを見て、根っからの負けず嫌いに火がついた!-gooより







 何故この映画を見たか?と言われたら、
 「小栗旬が出ていたから」 
 というスィーツな理由である。
 残念ながら小栗君の役どころは天才だけどダサくて偏屈な奴という萌え要素皆無だったが、映画自体はそれなりに楽しめた(後半小栗君が眼鏡を取っているのが唯一の萌えでした)。
 もうバリバリのコテコテの王道まっしぐらの青春映画である。いつ変化球が飛んでくるかと思っていたが最後まで球はストレートだった。
 でもそれが良い意味で素直に作品を楽しめたような気もしなくはない。やはりこういう主人公成長の青春物語は人の心の琴線を「そっとなでるなあ」としみじみ思わされた。

 普通の日常を惰性で生きている里美達四人の若者。
 彼等が「ロボットコンテストで勝つ!!!」という目的に向って精進して行く様は10代ならではの輝きと迷いに彩られている。 
 里美が夜食で仲間達とラーメンを啜っている時に「こういうのに憧れていた」と呟くシーンがあるがこれは凄く私の心に響いたよ。
 そうなんだよな、そういうのって憧れるんだよなあ、くだらないんだけど。ただ単に仲間と夜食のラーメンを啜るだけなんだけど青春マジックでとびきりのワンシーンに思える。
 現代の渋谷や原宿でイケイケの若者でもきっとこういうは嫌いじゃないだろう。 
 正直この映画は同年代よりもむしろ青春を懐かしく振り返れる年代に受けるのではないかと思った。同年代ではベタな青春物語が突っ込みポイントになりそうだが、むしろある程度年を重ねた年代にはそういうのが萌えポイントではないかと思った。とっくに粗熱の取れた年代だからこそ楽しめるアイテムというべきか。

 正直「ロボコン」と聞いて私は『がんばれ!! ロボコン』(この作品を知っている方は私と同世代ですね)に関する作品だと思っていた。そうではなくて毎年決められたテーマで高等専門学校生達が自ら制作したロボットを競技で競う「理数系の甲子園」と称されるコンテストらしい。
 驚いたのがロボコンの3分間の試合がどれも1カットで撮影されている事である。私は絶対にカット割していると思っていた。
 というのも試合内容は3つの円柱上のスペースに自分チームの箱をロボットを使って積んでいき、相手チームの箱が置かれていてもその上に自分チームの箱をより高く組み上ばポイントになるいう競技内容。ただし相手の箱を落とすと相手の得点になってしまうのだ。
 当然ながら想定通りに撮影が運ぶとは思えない、箱の置き方一つでも全然変わってくるだろうし。
 某ブログに書かれていたが出演者達が何度も話し合い色んなパターンを想定し何回も取り直しはしたらしいが、それでも1カット撮影というのは凄過ぎる。
 創作がある一定の加熱ポイント超える時、創作の神様というか幸運が舞い降りるてくるんだろうなあと思った。
 それ故に特に「ロボットコンテスト」の後半辺りの試合はドキュメンタリー的で手に汗握るというか見応え有りである。純粋に試合運びが楽しめた。

 自分はもう永遠に戻る事の出来ない青春時代を振り返えさせてかゆがらせてくれた佳作である。
 

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| 映画 | COM(2) | TB(0) |
2010-08-07 (Sat)


ロサンゼルスに住むアンダーソン一家は5人家族。
 心優しいフレディパパとマリア様のようなシェレンママ。
 美人な男性でゲイの長男ケイ、お人形さんのように可愛らしいおしゃまな次女トレーシー。
 そして主人公の男勝りでおっせっかいが服を着て歩いているような長女のフィー。
 ある時5歳のジョナサンが訪ねて来て「パパの隠し子です」ととんでも発言をする。てんやわんやの大騒ぎになるが、そこは普通ではないアンダーソン一家。思いもかけない展開が用意されている。
 愛すべきアンダーソン一家のホームコメディ。


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 最近漫画の世界から離れているので正直渡辺先生がどれ位メジャーなのか今イチわからんが、スマートな笑いと嫌味のない適温な「深イイ話」の魅せ方が本当に本当に上手い漫画家さんだと思う。 
 ウィキペディアを見たら活躍年数の割には作品数はそう多くなく、意外にも寡作な漫画家さんだったのに若干驚いた。自分では彼女の作品をあまり読んでいないような気がしたがどうやらほとんど完食していたようである。
 これなら若干エバっていえるが「ファミリー」は彼女の作品の中でも傑作の部類だと思う。

 この作品は本当に面白かった。
 とにかく笑いと適温な「深イイ話」の絶妙なブレンド具合が「ブラボー!!!」なのである。互いのエッセンスが上手く織り合い相乗効果となって作品世界を紡いでいる。
 特に渡辺センセ笑いは頭の「かしこさ」から生み出される知恵の実のようでセンス抜群なのである。きっと頭の回転の速い人なんだろう。その笑いは単に「面白い」だけではなくてどこか「笑いは人生を豊かにするもの」に通ずる部分を感じる。勿論説教臭さは全然無いんだけどなんとなくそう感じるというか。
 渡辺先生の作品は「笑い」が作品世界のバックボーンとなっていると思う。

 そして「深イイ話」も決して島○紳○氏のような「感動の押し売り」タイプではなく本当に適温なのである。
 人の心の機微をHOTではなくCOOLなスタンスで描かれているんだけど、そのドライさが本当の優しさというか暖かさを醸し出している。
 この辺り匙加減の上手さは作り手としての力量というより、ご本人の性格のアンテナの良さからくるものではないかと思う。

 渡辺先生の作品に出てくる登場人物達は総じてキャラクターが魅力的である。
 特にアンダーソン一家はこういう家族に憧れたもんである(遠い目)。「サザエさん」とか「ちびまる子ちゃん」は全く憧れた事はない非国民だったのに
 アンダーソン一家は皆愛すべきキャラクターで個性豊かで楽しい。彼らの喜怒哀楽の物語は「家族」の絆という言葉よりも、もう少し語義をフランクにした感のある「ファミリー」という言葉の方がピッタリな感のある個々としての人間同士の繋がりを感じさせる。
 そういう部分に憧れたのではないかと思う。

 個人的にはラスト辺りに収められている「時の絆」の話が大好きである。
 捨て子のキムと育ての親のハービィー。父と娘はキムが子供から大人へと成長するに従い、二人の関係性も変化していく。人と人の絆、愛する事の切なさと怖さと愛おしさ。渡辺センセの持ち味が一番ドラマ性豊かに表現されている一級品だと思う。

 相当古い作品だけど全然古びていない。本物は常に新しいという言葉をを再認識させられた。
  
 
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| マンガ | COM(2) | TB(0) |
2010-08-04 (Wed)


弥生は優しい両親と魅力的な年子の弟哲夫と幸福な生活を送っていたが、彼女はいつも自分が重要な何かを忘れているような感覚がずっと抜けずにいた。
 そして今回おばであるゆきのの所へ家出する事になって何か大きな変革の予兆を感じ取っていた。
 おばのゆきのは30歳になったばかりの音楽教師で美しさをやぼったさで覆い隠してかなり変わった人であったが、何故だか弥生はそれ程親交のない彼女の事がよく理解できていた。
 ゆきのと過ごすうちに弥生は自分がここに来たかったのだと痛感し、失っていたもの取り戻した時おばのゆきのが実の姉である事を思い出す。


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「哀しい予感」はお肌の曲がり角前に読んだ本である。
 以前の記事にも書いたがこの作品は私にとって二番目に読んだよしもとさんの作品だけど、正直全然ビンッと来なかった。
 当時、読み手の私側の受け皿が容易されていなかったのもあると思う。
 ただよしもとさんの他の作品と比べて「健全」な感じというのだろうか、美しいトーンでひたすら奏でられていてうっとりしなくはないのだが彼女の良い意味での「不健全」さが好きな私には物足りなさがあった。

 でも改めて今回再読してみると、以前より作品の細胞が自分にリンクする部分はあった。
 変わり者たが美しい女性であるゆきの。彼女は自分なりのスタイルで生きていてそれは端からみたから「秩序の無いものぐさな生活」だが、彼女の美しさのせいなのかそれとも彼女の持つ光のある空気のせいか、全てが満ちたりた美点に映るのが素敵である。もし自分にブレる事の無い芯の強さがあったらそんな風に生きてみたいと思わせてくれた。
 そして血の繋がらない弟で「カッコイイ男」の哲夫。個人趣味で恐縮だが「血の繋がらなカッコイイ異性の兄弟」というのは密かに憧れである。幼い頃から女性として見られていて告白されるのは胸が躍るシチェーションである。
 家族のような情愛もあるが決して家族では持ち得ない愛情がある、そういう微妙な距離感が堪らないのだ。

 もっとも一番ツボだったのはプリンを大きなボウルに作ってれんげで食べるシーンだったりするけど。
 
 アマゾンのレビューにもあったが一つ一つの設定は割と陳腐なのだけど、よしもとさんの感性がそれらを美しい宝石のような輝きのあるものにしており文章力が本当に冴えている。キラキラした美しいものが好きな人には受けるのではないだろうか。
 ただストーリー自体というか作品世界はキレイだけどそのキレイさが作品の面白味を限定している気がする。まあ、この辺りは好みの問題になると思うが。

 私が好きないつも「よしもとワールドにあるピース」はあるのだけど、残念ながらこの作品においてはそれは別世界を垣間見るはしごにはならなかった。「キッチン」とか「うたかた」等の作品は読んだ後は、短期間だけど自分がいる世界がとても愛おしく美しく感じさせてくれる。
 自分の感性(心)がクリーニングされ、 感覚を研ぎ澄まさせてくれた事によって自分の世界を短時間でもブレさせてくれるのだ。私はよしもとさんのそういう好きなのだと改めて再確認とた。
 この作品のキラキラひかる部分が眩し過ぎて光明を見えなくさせていると思う。

 まあ単に私が捻ね者なんだろうけど。

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