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2010-07-31 (Sat)


 大原さんちの奥さんとダンナさんはゲイバーで知り合い交際二ヶ月でゴールイン。ダンナさんは専業主夫で奥さんが働いている。
 「これまでの人生で一番長続きしたのが小学校に通っていた六年間」というおちゃめなダンナさんだが、神経症で潔癖症や強迫神経症等様々な症状を飼っている。
 そんなダンナさんの病故のかなり変わった生活ぶりを、愛情とユーモアを込めて綴られた最近はやりのマンガエッセイ。
 
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 ブログタイトルに「メンヘラの読書日和」と謳っているので勿論私は心の病である
 だがメンヘラだという事は記事によく盛り込んでいたが具体的な病名は多分書いた事が無いと思う。
 ここら辺りで私のツレアイをご紹介をしたい。
 主症状は「抑うつ神経症」「強迫神経症」でようするに神経症である。ここからの病気に対する捉え方はあくまでも私自身の解釈という事で読んでい頂ければと思う。
 神経症は病気と言えば病気ではあるが、でも以前ある本に神経症は「心のあり方の悪い癖」という表現を用いていたがこっちの方ドンピシャだと思う。「心のあり方」なんて医者や薬でなんとかなるもんじゃないので基本的に中々治り難い。
 心は自分のものでありながらそのお付き合いは難しい。

 大原さんちのダンナさんは私とお仲間である。でも私よりツワモノだ。ダンナさんは視線恐怖症にパニック障害に縁起恐怖に潔癖症等等。。。
「すんません、私の荷物少なくて」
 と謝りたくなる位の症状の数々にちょっと驚いた。
 視線恐怖症なので外出する時は必ず顔が見えないほど帽子を深く被り、顔にピッタリフィットする大きなマスクをつけるという怪しさ満点のスタイル。
  指に油がつくと発狂しそうになるので箸でホテトチップスはお召し上がりになる。
 一番ウケたのが食器洗いのスポンジがグラス用、肉用、魚用、普通食器用等用途によって7つのスポンジを使い分けて洗っているのはたまげた(ちなみに私は洗うスポンジはひとつだけである)。
 メンヘラとしてはベテラン選手である私でも驚く位症状が多岐に渡っており結構重症の部類だと思う。

 でもご本人はこれだけの大荷物を背負いながらも人生を楽しそうに生きてらっしゃる。勿論大変そうではあるが。
 健常者よりも生命力がありそうで、人の懐にスッと入っていける器用さをお持ちで好かれ上手である。多分芯の所に余裕がありメンタルに縛られる事なく上手く付き合えているのかなと思う。
 ユーモアを込めて描かれているのでオブラードに包まれているが実際奥さんは大変だろう。でもダンナさんのメンタルを距離を持って眺め個性の一つとして受け入れていらっしゃるのが微笑ましい。
 お2人のお互いのライフスタイルをありのままに受け止める関係性がイイ感じに書かれている。
 
 作品中に家の鍵をかけたか何回も確認するシーンが出てくるがこれは私にも覚えがある。
 1、2回程度の確認なら慎重な人で済まされるだろうけど、何回も何回も確認してしまうのは異常である。でも確認しても確認しても不安なのである。
 「意味ないとわかっているけどやめられない」
 と食べれないかっぱえびせん状態。意味のない事にこだわり時間を消費する本当にむなしくてつらいのである。私も大原さん家のダンナさんも心のひずみがそういう形で現れるのだろう。
 でもダンナさんのキャラの面白さにどんな荷物背負い込んでいても「今自分がいる世界と上手く付き合っていく」スタンスって大事だなと思わされた。

 いい意味でメンヘラのイメージを裏切ってくれるプチ良品である。

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| マンガ | COM(0) | TB(0) |
2010-07-28 (Wed)


 日本スキージャンプ界のホープである楡井が毒殺された。
 捜査中の警察に楡井のコーチである峰岸が犯人であるという密告状が届く。また峰岸の所にも自首を勧める手紙が届く。完璧なはずの殺人計画の露見に動揺しつつもその手紙の主を探ろうとするが、判明する前に警察に逮捕される。
一体何故峰岸は楡井を殺したのか?
 警察はなかなか自供しない峰岸を落とす為に懸命に捜査を続けるが、やがて楡井が関わったある驚くべく計画を知る。
 その計画こそが峰岸が自分の人生を駆けて夢を託した楡井を殺した動機であった。
 
 
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 この作品は東野圭吾さんのかなり初期作品である。それが故にまだまだ東野クオリティーというのは感じられない。準備体操期間の作品とでもいうか(個人的に東野さんが才能を本当の意味で開花させて行くのは「秘密」以降だと思っている)。
 でも後の大活躍を予兆させられるような質の高い作品である。
 他人様から頂いた本だが正直タイトルに今イチ感がプンプンあるのと、スキージャンプという全然興味のない分野が舞台だったので食指が動かないまま本棚の肥やしにしていた。
 機会があってそこから引っ張り出して読んでみると、あまりの面白さに一気に読んだ。

 基本はミステリーだけど、スキージャンプ界を舞台にしたスポーツドラマでもある。
 まずミステリーとしてはあらすじにも書いている通り犯人はかなり最初の段階で判明するが、動機はなかなか明かされない。
 中盤辺りまで犯人である峰岸の内面描写にページが割かれていて、勝負の世界においては才能を持つ者と持たざる者との間は決して行き来出来ない高い高い壁があるんだなあと思った。
 だから余計に持たざる者である峰岸の殺人動機が気になって読み進めていた。この辺りの引き込みの上手さはさすがである。
 また犯人である峰岸が密告者の存在を推理するという展開や、彼が楡井に毒薬を飲ませる方法とラストのドンデン返し等、ミステリーとしての韻もきっちり踏まれていて手綱をゆるめていない。
 「さすがに私が見込んだ東野さんだ」   
自画自賛した。

 この作品が凄いのはミステリーとしても楽しめて尚且つスポーツドラマとしてもしっかりと成立している所だろう。
 どちらかが損なわれる事もなくちゃんと一つの作品の中に融合している。私は完全な運動音痴なのでスポーツ界というのは本当に興味がないがそんな私でも十分楽しめた。
 改めて感じたのはやはりスポーツの世界は詰まるところはやはり勝負の世界であり勝つ事が要求される。だからその為の人間性を無視した科学至上主義による「鳥人計画」を心情的には否定したくなる。
 だが文中にある、
 「科学を駆使した勝利よりも、人間らしさを追求した敗北の方が価値があるとおっしゃるのですか」 
という言葉に対しては何も言えなくなる。
 「勝つ事は大事」たが「勝つ事がすべて」を至上にしたらスポーツというのはとても無乾燥な世界になるだろう。この辺りの線引きをスポーツ界というのは永遠の課題として抱えていくしかないのかなと思う。

 東野さんは作品世界や物事に対する考え方にある種の折り目正しさがあると思う。それが故に作品世界に説得力があるというか。
 どんなに奇想天外な設定であってもそういう部分は無くされないのだろう。この作品を読んで改めてそう感じた。


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| 東野圭吾 | COM(4) | TB(0) |
2010-07-25 (Sun)
 自宅にテレビを置いていないのでテレビドラマは見ていない。
 今回「Moter」を無料動画で見たのは「近年ドラマの中でも傑作」との評価が高く、「どれどれそれなら試食して見ようか」といういつもと変わらぬ軽いノリであった。
 でもその軽いノリを反省させられる位非常に考えさせられるドラマであった。

 あらすじを要約すると
 「不本意に小学校教諭を務める奈緒(松雪泰子)にとって「先生」という仕事は希望する仕事を見つけるまでの腰掛であった。
 風変わりな教え子の怜南(芦田愛菜)は何故か奈緒になついて来るが彼女は子供が好きではなかった。
 その怜南はシングルマザーの母・仁美(尾野真千子)と同居男性のからの虐待されているようであったが、奈緒は消極的にしかその問題に関わろうとしない。
 だがある日マイナス4度の寒さの中、怜南が薄着のままゴミ袋に入れられ捨てられているのを発見する。
 自分もまた捨て子であった奈緒は虐待から彼女を守るため誘拐して上京する。我が子として「継美」と新しい名前を育てようと実家や偶然知り合った葉菜(田中裕子)のに世話になるが、実は葉菜は自分を捨てた実の母であった。奈緒はそれと知らないまま「継美」の母親として懸命に生きようとする」


 最近のテレビドラマはつまらないという評判をよく聞いていたが、なんのなんのやる気さえあればまだまだテレビ「やってくれるな」と思ったよ。
 このドラマの凄い所は奈緒が母性に目覚め怜南を連れて逃げるのは虐待から「守る行為」であっても、詰まるところは犯罪だという事である。ただ「守ろうとした行為」を犯罪という道具仕立てにしている。その観点で「母性」を描こうとしているのが凄い。正直よくテレビでやったなと思う。
 非常にトリッキーな設定だが、それがありきたりの設定では拾いきれない「もの」を浮き彫りにさせている。

 ドラマの中で『「親の愛は無償」と言われているが「子供の親への愛こそが無償」』という言葉がとっても印象に残った。
 子供は親を嫌えない、だから虐待は一層の悲劇になる。例え殴られても蹴られても、仮に殺されたとしても心底から嫌いになれない。
 どこで読んだのかは覚えていないけど、幼い子供は親からの庇護なくしては生きてはいけないからそういう属性を持っているらしいが、そうだとしたら神様からの罪な付録だなと思う。
 
 だがこのドラマでは怜南は母親を捨てる。そこが切なくもありある種痛快でもある。
 とにかく怜南役の子役の子が「芝居の神様ご光臨」と思う位上手いんだわ、これが。天才子役という形容詞は手垢つきまくりのフレーズだけど、他の形容詞では物足りなさ過ぎてその言葉しか思いつかない。
 5、6歳だというのだから驚きである。私が5、6歳の頃なんか鼻たれだったのに。子供という時期の一瞬の輝きによる才能なのかもしれないが(だからこそ名子役は大人になってバッとしなくなる場合が多いのだろうけど)、才能というものは子供性すら凌駕するんだなあと感じ入った。

 色んな「お母さん」が出てくる。子供を虐待する親、子供を捨てた親、子供を捨てようとする親、子供を愛し守ろうとする親。
 個人的に一番心に残ったのが我が子をゴミ袋に入れて捨てた怜南の母親である仁美である。
 彼女は昔は子供を本当に心から愛する優しい母親だったのだが、夫を失いシングルマザーとして子育てするうちに現実の生活の厳しさに自分をすり減らして、確かにあるはずの愛情を心の底へと沈めていく。
 私は子供はいないけど、子供も可愛いだけではないんだろうなあと思う。心底腹ただしい時もあるだろう。勿論だからと言って仁美がした事は赦されないけど。
 でも単に虐待する母親を責めるだけでも救われないし、どうしても「聖母」という母親の枠から零れ落ちる「お母さん」もいる。
 奈緒が「お母さん」になっていく様を見て、もしかしたらその辺りにそういう「お母さん」を手助けする何かしらのヒントがあるのかなあと思う。

 「お母さん」という生物についてしみじみ考えさせられた。多分一生分使い果たした気分である。 

 ↓をクリックすると無料動画サイトへ飛びます。ご覧あれ。 
  
http://videonavi.blog66.fc2.com/blog-entry-2284.html

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| ヒトリゴト | COM(4) | TB(0) |
2010-07-24 (Sat)
   

 部署が変更となり現在は蒲田署刑事課に勤務する武本は、ある事件をきっかけに不法滞在外国人の子どもが売買される事件を追う事になる。その過程で不法滞在者をひっそりと匿うのぞみという美しい女性と辻本と言う元名誉教授であった医師と出会う。彼らとの出会いによって不法滞在外国人の子供達の問題が重い現実として武本に突きつけられる。
 一方警察を辞め、更なる高みのキャリアを目指すために試験を受け来年警察庁に入庁予定の潮崎は武本の為に独自で事件を調査しはじめる。そして彼もまた武本同様の厳しい現実を目の当たりにし無力感を抱く。

 不法滞在外国人の子どもの売買は様々な事件を生み出し大きな波紋を作っていく。

 元々は年下の上司である潮崎と年上の部下である武本のコンビは、前作で事件解決の為に駆けずり回ったが「警察という組織の矛盾」の前に彼等は一旦別々の道を歩んでいた。
 その2人が戻ってきた。。。
 
 「それでも、警官は微笑う」に続く二作目。

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*ネタバレ有り 

 このシリーズのポイントは「萌えキャラ」がいる事であろう。
 決して変な意味ではなく良い意味で漫画的なキャラクターが立っていて面白い。
 潮崎は外見はジャニーズ風で能天気なミステリー小説好きだが、実家は伝統ある格式高い茶道の家元であり前警視総監の奥様、現警視総監の母親も門弟という超バックを持っているおぼっちゃまである。 
 一方の武本は無骨で不器用な性格だが警察官としての能力と正義感は一級品。 
 前作は一見反対方向の2人でありながら基本人格は同じ方向を向いている凸凹コンビぶりが、
 「押しています」  
 という感じでツボに入ってきた。
 偏見のつもりはないが作者が女性のせいか、このコンビのどこか乙女テイスト(くどいのですが変な意味ではなく)がギリギリの所で「面白さ」になっているような気がする。

 作品の出来としては実の所前作の方が面白いとは思う。潮崎と武本のキャラも前作の方が活きていて、特に今作品においては潮崎はブレたキャラになっていて今イチ魅力的に映らない。
 では何ゆえこの作品の方を記事にしたのか?と言われると第二作目は色々考えさせられたのだ。
 不法滞在外国人の子供の厳しい現状が書かれていて色々勉強になった。もう少し彼等が日本で幸福に暮らせるような制度が出来ないものかなと思う。
 そして犯罪者に対しては「温情」と「冷徹」のどちらが良いのか等、実際盛り込み過ぎてその分ストーリーとしての面白さがやや損なわれているが最近の私の緩んだ脳みそには「考えさせてくれて」丁度良い。

 そして私が一番考えさせられたのは「人生における選択権」である。
 のぞみは不法滞在外国人の子供であり、その母親によって売られ少女売春組織で働かされた過去を持つ。
 自分と同じ境遇の子供達を救おうとした行為は決して悪意ではなかった。たがその目的達成の為に人の優しさに漬け込み何人も犠牲にし不幸へと追いやる。親によって重過ぎる過去を背負わされた彼女は深い傷によって心を侵食され、他人の心を弄び不幸に巻き込む事について良心の呵責を感じない。
 ラスト周辺で不幸な境遇を盾に自分の正当性を頑として主張するのぞみと、それは間違っていると対峙する武本達とのやり取りには読み応えがあった。 
 彼女の過酷な過去の重みに安易な言葉できは太刀打ち出来ないのである。

 のぞみが自分の不幸な境遇を嘆き、それを他人を利用する免罪符にしているのを読みながら心の中で彼女に反駁していた。のぞみは自分の不幸から自由になる事も選択出来たのである。こういう言い方はキレイ事と言われるのかもしれないけど。
 だが人生における選択権は常に私達の側にあるのだと思う。その選択はいつだって自由で誰も邪魔しない。今の境遇が不幸だというのなら本意ではないのだろうけど不幸を選択しているのである。
 幸福も不幸も変な例えだけど好物のミックスジュースと苦手な青汁のどちらを選ぶかと同じような「選択」だと思う。
 幸も不幸も選択の問題で、どちらを選ぶか選択する意志が大事なような気がする。

 暑さのせいか熱く語ってしまった。。。。

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| 日明恩 | COM(0) | TB(0) |
2010-07-21 (Wed)
 

   久しぶりの大学の同窓会。メンバーの家族が経営している成城の高級ペンションに集った。
 当日伏見良輔は客室で事故を装い後輩である新山を殺害し密室状態を作る。
 和気藹々としていた同窓会は、就寝すると部屋に閉じこもったまま中々出てこない新山の為に重苦しいものへと変化して行く。
 心配する友人達は閉ざされた扉の前で事故なのか病気なのかと議論する。伏見は自分の計画通りに進んでいると思ったが、碓井優佳だけは違っていた。
 聡明な彼女は昔以上の知性を身につけ、伏見の言葉の矛盾点や齟齬を指摘し追い詰めていく。。。
 

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 最近石持浅海さんにハマっている。一番最初に読んだ彼の作品は直球勝負!!!「君がいなくても平気」でこれが面白かったのでガツガツ食している。
 幾つか作品を読んで思ったのは石持さんはなんとなく東野圭吾さんに似ている感じがするのである。それは作風とかいうのではなくて、読者に対するサービス精神というか「読み手に楽しんでもらおう」という気概に相通じるものを感じた。ただ石持さんの場合は時折りそれが力み過ぎ不完全燃焼となって、やや作品の良さを消してしまうのが残念である。

 この作品は「このミステリーがすごい!06年版」の2位に選ばれたらしいがそれは納得の感はある。
 ただ。。。ラスト辺りで判明した動機がまずありえないというか「そういう事で人殺しする人間ていないだろう」という不満を抱かせるのが惜しい。
 大筋のパズルのピースの形を決めてそこに合う動機を無理にハメこんだような感じとでも言うのだろうか。その動機がなければ成り立たない設定というかストーリーなので仕方ないのかなとは思うのだけど。それ以外を除けば不満はないので「そういうものなのだ」と自分に納得させたが。。。。

 ストーリー自体は面白い。
 あらすじに書かれているように伏見が完全犯罪を目論んでそれを実行に移し成功するかと思われたが、疑問を抱き齟齬を指摘していく碓井優香。 かつて互いに好意を持った者同士が頭脳戦を繰り広げるのだが、碓井優香はいわゆる安楽椅子探偵で現場は見ていないが伝聞や理論だけで真実に迫っていく。
 緻密に練り上げられたストーリーでちゃんと伏見の会話や行動に伏線が張られて、矛盾を指摘する彼女の言葉には無理がない。普通ミステリーではラスト辺りで犯人と探偵の攻防戦が繰り広げられるが、この作品はほとんど最初からエンジン全開で楽しませてくれる。
 読み手は楽しむだけだが、書き手色々ご苦労されただろうなあとふと推察する。

 何よりも碓井優香というキャラクターの設定がこの作品の面白さのポイントの一つだろう。彼女は美しくて賢くて物事に動じない冷静沈着な女性である。
 そしてここが面白いと思うのだけど優香が犯人である伏見を探偵のように追い込んでいくのは、社会的な通念とか被害者への同情とかではなくただ純粋に抱いている疑問に対して答えが知りたいだけなのである。
 他の参加者は中々部屋から出てこない被害者の新山を心配しているが、詰まる所彼女は新山はどうでもいいのである そのキャラ設定が私的には好きなんだよなあ。
 男と女でもある伏見と優香の関係性も見所だろう。
 ラストが果たして伏見にとって不幸なのかそうではないのかと含みを持たせているのがなんか粋だなあと個人的には思った。

 さて石持さんは第二の東野圭吾になれるだろうか?
 
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| 石持浅海 | COM(4) | TB(0) |
2010-07-17 (Sat)


 少年アシベと呼ばれた乙女時代、ヤギのようにおとなしい犬、括約筋のゆるい男の話等等、彼女の身の回りのある出来事を軽妙な文章で綴られた群ようこ節炸裂の面白エッセイ集

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 若い頃「群よう子」さんの本にハマッた。
 ちょうど群さんが油の乗っていた頃で彼女の「無印シリーズ」が大人気であった。
 とにかく彼女の作品は笑えて面白かった。軽妙なタッチで淡々と綴られていながら面白いツボを着実に突いてくる。
 その突き方がゆるい感じだが確実に秘孔を押す。ソフトタッチな北斗神拳のような感じである。

 今回随分久しぶりに彼女のエッセイを読んだ。
 「お久しぶりね~♪」 
 と口ずさみたくなる位本当にご無沙汰であった。これだけご無沙汰したのは私の興味のあるフィールドが移動してしまい、そこが群さんの作品世界とは被らなくなったからである。
 一時期彼女のエッセイは相当数持っていたが引越し前に全部古本屋へと里子に出してしまった。申し訳ないが多分一番里子に出した作家さんかなと思う。

  でも何故か風に吹かれて久々に群さんのエッセイを読んだ。私は年に何回かそういう風に吹かれる。
 再読してやはり面白いと思った。
 群さんのエッセイは自分に余裕がある時なら楽しめる。脳みその「こり」をほぐしてくれるような軽妙な面白さで。
 大人の女への変身をしようとして髪をバッサリ切ったら行き着いた先は「少年アシベ」というお話や、世界一括約筋のゆるいといわれている男性のトイレ事情等ネタがいい。
 しかしエッセイを読んでいると群さんのまわりには「おもろい」事や人が多いのかと思ったが、勿論それもあるだろうがやはり彼女の視点の持って生き方のセンスの良さかなと思う。
 対象のエピソードを上手く割愛しクローズアップしていてそれを絶妙な距離感を持って描写している。群さんが書くから面白いエピソードになるのだろう。

 それとただ面白いだけではなく、群さんの物事への冷静な指摘に「およっ」とさせられる。結構的を得た意見で「そういう視点もありかあ~」と多分私では気づけないだろう視点なのである。
 まあそれはおまけのようなものかもしれないが、そのおまけがある意味群さんの作品を支えるエッセンスかなあとも思っている。

 群さんの本を再び養子に迎えようかなと検討している。
  
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| 群ようこ | COM(2) | TB(0) |
2010-07-14 (Wed)
 

 常に黒いマントをまとうツギハギの顔の無免許医師ブラック・ジャック。たが彼は天才医師であり莫大な料金をふっかけるが、手のほどこしようが無い重症を負った怪我人や他の医師ではお手上げの難病をを抱える患者を奇跡のように治療していく。

 「話し合い」
 某三流高校。
 暴力があれ狂う学校でリーダー格の不良〆沢。彼は常に暴力で他人を威嚇し脅しつけていた。
 だがただ1人その暴力に無抵抗主義で彼と話し合うチャンスを待つ先生がいた。「彼」はまたブラック・ジャックの同窓生でもあった。
 面子が立たない〆沢は「彼」に落とし前をつけようとする。
 とある用件でブラックジャックは「彼」に会う為に勤務している高校へ行く。そこでブラックジャックは不良達に半殺しの目にされた「彼」を見つけるが。。。

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 「医療物」というのはドラマでもマンガでも人気があると思う。
 それはやはり非日常的な「生と死のドラマ」に我々の血と肉が踊るからだと思う。 
マンガという分野で有名なのは「ブラックジャックによろしく」「スーパードクターK」(この作品知っている方は通ですね)、そして草分け的な作品がこの「ブラック・ジャック」だろう。

 この作品は天才手塚治虫先生の職人的技量を見れる作品だと思う。
 手塚先生の作品は彼の「天才性」から生み出された作品が多いと思うけど、「ブラック・ジャック」はその天才性をプロの技術が黒子のようにバックアップしているような気がする。
 面白さの一つが医学的なリアリティとフィクション性が上手く組み合わさって「美味しいだし」となって作品のドラマ性を支えている所である。
 元々手塚先生が医学生だったので医療部分にはリアルさが有り(勿論全てではないが)「フィクション性」の突飛さをカバーしている。「リアルさ」も大事だが「ありえん」というフィクションさも物語を盛り上げる要素だと思う。
 まあ脳交換手術辺りになるとある種パロディになっちゃうけど。
 
 やはり何といっても主人公のブラックジャックの魅力が大金星だろう。私的にはブラックジャックが決して正統派ヒューマニストではない所が良いんだよなあ。
 たいていマンガの医療物の主人公は熱い。勿論統計を取ったわけではないが、周囲より体感温度は確実に3℃位高いんじゃないかと思うタイプが多い。
 その中でニヒルというかクールというか完全なヒューマニストでない所がツボに嵌る。勿論ツボにハマるには要素が必要で、単にニヒルやクールでは物足りなくて燃えられません。
 金にがめつい所もあってまける時はまけるが意外と金持ちではない患者にも高い治療費請求したり、「えっ?それでいいの?」というドライだなと思う部分もある。
 でも仕事に対してはプライドを持って取り組みなんとしてでも患者を治そうとし、自分の恩人に対しては本当に義理堅く、驚く位純粋な面もある。その二面性の揺れ幅が大きい程乙女心が揺さぶられるのである。
 ピノコになりたいと思った(遠い目)。。。。 

私は全巻「ブラック・ジャック」を読んだわけではないが、自分が読んだ中では「話し合い」が一番心に余韻を持って残った。
 この作品より面白いものも、傑作なものもたくさんある。でもラストの着地点が「心憎い」のはこの作品が断トツだと思う。
 感情のボリュームを上げるようなラストではないのだけど、静かに心に響くというかその余韻が非常に残る。
 
是非機会があれば読んで欲しい優れた短編で、手塚先生のプロの技量が結晶したと思われる秀作である。
 
 
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| マンガ | COM(6) | TB(0) |
2010-07-11 (Sun)
 

 主人公のカール(ジム・キャリー)は面倒くさい相手からの電話にはいっさい出ず、友達からの誘いも何かと口実をつけては断わり、勤め先の銀行ではローンの申し込みのほとんどを却下する「NO」「いや」「パス」が基本の男。
ところが、そんな彼を見かねた友人に連れて行かれたセミナーで、「どんなことにもYESと答える」と強引に約束させられたことから事態は一変。“YES”というたったひとことが、カールの人生を激変させていく――。

 どんなことでもNOと言ってしまえば、そこでおしまい。その先には、いいことも悪いことも起こらない。“YES”が運んでくるのは、出会わなかったはずの場所、殴られなくてもすんだはずの一発、生まれなかったはずのロマンス・・・etc.そこには思わぬ災難もあれば、もちろん最高のハッピーも!

 いろいろなことに後ろ向きになりがちなこんな時代、あたまからNOと決めてかかる前に、ひとつかふたつYESと言ってみるのもいいかもしれない。愛と笑いのポジティブ・ストーリー。-アマゾンより







 色んなブログの記事でこの映画は好評価だったのでDVDを借りて見た。
 良い意味での「あやしさ」があって面白かった。正直もっと真面目な枠内で創られた作品だと思っていた。
 結構飛んでいるというかハチャメチャというか、でもその遊び感覚なタッチが作品をテーマの割には人生訓めいたものにせずコメディ映画として楽しませてくれるのに成功していると思う。

 主人公を演じるジム・キャリーさんはやはり上手いなあと思う。実は彼の映画ははじめて見た。
 コメディ映画によく出る役者さんという認識しかなかったが、彼の演技というか雰囲気がこの作品のカラーを作っていると言っても過言ではないと思う。
 個人的にお気に入りが主人公の恋人となる役のズーイー・デシャネルさんである。凄くキュートな人で「可愛らしいけどちょっぴり変わり者の女性」をで素で演じてられているような感じで見ていて惹き込まれた。実の所この役柄を演じる女優さん選びは結構重要なポイントではなかったかと思っている。
 彼女だったからこそ自由にのびのびと生きる変わり者の女性を嫌味なくキュートに体現出来たのだと思う。
 よくぞこの方をキャスティングしてくれたと、どこにいらっしゃるかはわからないがキャスティングされた方に手を合わせたい。

 この映画を見てふと思い出したのが、かのジョンレノンがオノヨーコに出会った時のエピソードである。
 オノヨーコさんが個展されていた会場にジョンレノンが訪れ、天井に書いている文字を脚立を上って虫眼鏡で見るという作品があってそこに書かれていた文字は「YES」。「NO」ではなく「YES」という言葉に感銘を受けたらしい。 「YES」は改めてじっくりと向かいあうとポジティブな要素が一番短く集約された良い言葉だなと思う。
 
 この映画は詰まる所、人生における重要な成功法則である「引き寄せの法則」がテーマとなっている。ようは、
「ポジティブはポジティブな事柄を引き寄せ、ネガティブはネガティブな事柄を引き寄せる」
 という事である。自分が焦点を当てている感情と同様の事柄が引き寄せられるのだ。
 この下りを読んで怪しさを感じる人もいるかもしれんが、私はこのルールというか法則は真実だと思っている。 結局心の病なんて「ネガティブがネガティブを引き寄せた」最たる結果だと思うし。
 「YES」というポジティブな言葉がそれに類する幸福を連れて来てくれる。幸福になる手段というか方法は実は日常の中にちゃっかりとあって凄くシンプルなんだと思う。
 でもあまりにも手軽過ぎてそれ故に皆見落としてしまうのではないだろうか?
 
 でもこの映画は自己啓発的な映画では決してなく、何度も書いているがあくまでもコメディ映画である。
 以前書いた記事のハゲカツラと成功法則 「夢をかなえるゾウ」のようなノリかな。笑いの中に幸せのエッセンスが盛り込まれているというタイプである。だから意外とすんなりそのエッセンスが入ってくる。 
 ラストに「どんなことにもYESと答える」ように約束させたセミナーのお偉いさんが「YESと答える」本当の意味をいうセリフがあるが、マジックの種あかしとも言える場面だけど印象深い。この言葉があるとないでは作品への評価が若干違ったものになった。
 ハチャメチャなノリながらも、ちゃんとラストにキーポイントを用意しているのがこの作品の親心だな。

 笑って為になるという一粒で二度美味しい映画である。

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| 映画 | COM(0) | TB(0) |
2010-07-10 (Sat)
   

 専制政治を敷く銀河帝国と、民主共和制を唱える自由惑星同盟、および商業を中心としたフェザーン自治領の3つの勢力に分かれ、帝国-同盟間では慢性的な戦争状態が150年にわたって続いていた。
この長く不毛な戦いが永遠に続くかに思われていたが2人の英雄が出現し、人類の歴史は大きく展開し始める。

 銀河帝国において、貴族とは名ばかりの貧家に生まれたラインハルト・フォン・ミューゼルは、敬愛する姉のアンネローゼが皇帝の後宮に納められた事で、ゴールデンバウム王朝への憎悪を抱くようになった。ラインハルトは、彼女を取戻すだけの力を得るために親友のジークフリード・キルヒアイスとともに帝国軍幼年学校に入学して軍人となる。やがて、腐敗したゴールデンバウム王朝を打倒し「宇宙を手に入れる」という野望を抱いたラインハルトは、その天才的な軍事的才能とキルヒアイスの補佐によって武勲を重ね、驚異的なスピードで昇進していく。

 一方、自由惑星同盟では、本来は歴史研究家志望であったものの、両親の死により歴史を無料で学ぶ方便として士官学校に入学し、不本意ながらも軍人になったヤン・ウェンリーが、本人の意思とは裏腹に歴史の表舞台に担ぎ上げられようとしていた。ヤンは暴力機関としての軍隊を嫌い、退役生活を夢見ながらも、その軍事的才能によって望まぬ武勲を重ね、やがて提督に抜擢された。後に「不敗の名将」「魔術師ヤン」「奇跡のヤン」と評されたヤンは、母国の政治体制の腐敗を嘆き、戦争への懐疑を抱きながらも数々の戦いに身を投じることになる。-ウィキぺディアより(今回ズルをして抜粋要約)


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 この作品は知っている方も多いと思う。「銀河英雄伝説」またの名を「おたくのバイブル」
だが私は喜んで「おたく」の名を受けたいと思う。
ブログのパーツである「大往生したら棺おけに入れて欲しい本」にこの作品をのっけている。
 道原かつみさんの挿絵が好きで徳間デュアル文庫シリーズを持っているのだが、本編と外伝を合わせると30冊以上になり果たして棺桶に全て入りきるかどうか心配している。
 棺桶に入れる花を抜いてでも是非全巻入れて欲しいと願っている。

 いやあ~とにかくハマった。「銀河英雄伝説」というちょいダサめなタイトル(田中先生すいません)からは想像も尽かない魅惑の世界が用意されていた。
 小説でこれだけ長編物を読んだのはこの作品が初めてであったけど「物語」の凄さというものを教えられた。
 物語だから当然虚構だけどこれだけ壮大で緻密だともう一つの生命体だと思う。「無」からこれだけのものが生み出されたのだから、「存在」していれば有機体でなくても生命が宿っていると思った。
 そう思いたくなる位に素晴らしい作品である。本当に創作というのは神の領域だ。
 ただ「ライトノベル」というカテゴリー故にそれを超えた正当な価値は与えられないのが残念である。本来なら大袈裟ではなく日本文学という観点から評価しても良い作品なはず。

 より作品を際立たせるのは田中芳樹先生の「美文」である。本当に文章が美しい。
 それは宮本輝先生のような日本語の美しさを感じさせる文章というのではなく、言葉の組み合わせ方がとても洗練されており流麗な文章である。
 またさりげなく物事の真実を突いた名文が多く、赤ペンがあったら引きまくっていただろう。
 幾つも名文があったがその中でも私が最も印象深かったのは「言葉では伝わらないものは確かにある。でもそれは言葉を出し尽くした時に初めて使えるセリフ」(こういう意味の文章だったと思う)にはハッとさせられた。
 言葉で伝わらないものが無ければこの世はつまらないと思う。でも理解されないと失意を抱く前に言葉を出来るだけ伝える努力は大事だと思った。

 田中先生が紡ぐ世界はスペースオペラという体裁を取りながらも歴史や経済や政治等多岐の範囲に渡っており、とにかくこの作品は多くの好奇心を満たしてくれる。
 歴史小説好きには「三国志」を読むようなワクワク感を感じるだろうし、女性には登場人物の「いい男達」の人口密度が高いのでその人間模様に心躍るだろうし、SF好きには緻密で壮大なSF世界が堪らないだろう。
 色んな題材をよくぞここまでごった煮にしながらも、煮崩れを全く起こすことなく全ての持ち味を活かしり、尚且つ普遍性のある「物語」へと昇華させた手腕にはただただ頭を垂れるしかない。

 でもこの作品が最も素晴らしいのは「物語」としてのストーリーの面白さや上記のようなおまけだけではなく、何時の時代も変わらないであろう人間の普遍な営みが豊かに綴られているからだろう。
 それがこの作品の根底に流れ、愛する者を失った悲しみ、戦争のつらさ、生きる事の喜びと難しさ等そういったごくごく当たり前の人間の営みの描写に血肉があって心に響いてくる。

 読まずに死ぬのは勿体無い作品なので未読の方は是非!!!
  
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| 田中芳樹 | COM(2) | TB(0) |
2010-07-07 (Wed)


  歌舞伎町で起こった大抗争から2年。この町の勢力図は様変わりをしていた。
 牛耳っていたのは北京の崔虎、上海の朱宏、そしてただ1人今も昔も変わらない、いや昔以上の力を持つ楊偉民。 それなりの均衡を保っていた勢力図に変化が起きようとしていた。
 崔虎の手下の大幹部が何者かによって殺され、その事件が発端となり周囲へと様々な波紋を起こしていく。
 警察を不祥事で首になった元刑事の滝沢は崔虎から犯人探しを命じられる。 
 やむを得ず引き受けたが滝沢であったが、楊偉民子飼いの秋生という若い殺し屋の存在が彼すら想像もしなかった展開へと発展させる。
 
 そして前作の主人公であった劉健一は自分が殺した女との約束を果たすために楊偉民への復讐の機会を狙っていた。

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 「不夜城」を読んだ後続編の「鎮魂歌」を読みたくてたまらくなった。休日に図書館へ行くつもりだったが読みたいという熱情に動かされ仕事帰りに遠回りして、さらに雨の中を自転車を漕いで借りに行き、借りたその日に読み終えたという私にしてはめずらしい位に仕事率の高い一日となった。
 読んで改めて思ったが「面白い!!!」
一度読んでいるのに「面白さ」という色あせない。その辺りがこの作品の持つ力と魅力だなと感じた。

 「鎮魂歌」は内容を簡潔にまとめると、
「自分の手で自分の女を殺さざる終えなかった劉健一がプッツンと来たお話」  
 である。 言葉って便利だなあと思う。長い物語もこの一文で簡潔にまとめられる。
 前作「不夜城」では劉健一はしたたかに立ち回りなんとか暗黒街で生き残っていたがあくまでもチンケな故買屋に過ぎず、楊偉民の掌で動き回る、彼と健一の間には越えられない高い壁が歴然とあった。
 たが楊偉民の計略により健一は自分と同じ種類の人間だった恋人を自分の手で殺すハメに陥り、それをきっかけとして彼の内部に潜んでいた狂気を呼び覚ます。
 本のトップに村上春樹さんが訳された「心臓を貫かれて」の一文を載せているが、読み終えた後に再度読むと粋なだなあと感心する。
 「あいつは頭の単純な、血も涙もないモンスターなんかじゃなかった-中略-どこかですっかり狂っちまったんだ。ほとんどはあいつの自業自得だった。それは認めるよ。でも全部が全部あいつのせいじゃなかった。そんなことあるものか」
 彼は前作では「悪いやっちゃ」だったけど今作品では「モンスター」になってしまう。
 
 人は自分の根幹を揺るがすようなつらい出来事があった時それを癒す事が出来ないのだと思う。
 よく癒せない傷は無いと言われているけど私はそうは思わない。癒しがたい深過ぎる傷はありえると思う。
 そういう時、心を癒せない変わりに自分の内部を絶望によって侵食し心そのものを無くす事によって、自分の心の痛みを切り離さないと生きていけないのかもしれれない。
 そう考えると「モンスター」にならざる終えなかった健一が切ない気もする。でも一方そういう状況になってしまったのは全部が健一のせいではないにしろ、最終的にその結末を「選択」したのもまた彼でもある。
 物事の選択権というのは常に自分側にあると思うので、その結果は自分自身で引き受けるしかないのではないだろうか。
 
 その「モンスター健一」の犠牲となるのが元刑事の滝沢と殺し屋の秋生で有り、彼らの視点で話が進められる。
 彼等は結局健一と楊偉民の抗争ゲームに投入された駒であり堕とされていく。哀れだなあと思った。
 勿論堕ちていく人間側にも相応の落ち度はあるけど、駒として動かされたに過ぎないとしたら堪らんだろう。
 レビューにも書かれていたが馳さんは「堕ちていく人間」を書かせたら天下一品である。
 「まっさかさ~ま~に堕ちてDESIRE♪」
 という感じで堕ち方にも芸がありカタルシスを感じさせてくれる。

 しかしプッツンした人間は怖いのである。

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| 馳 星周 | COM(2) | TB(0) |
2010-07-03 (Sat)


 映画界の大スター高倉健。
 健さんの日々の生活の事、映画の事、彼を取り巻く人々、そしてお母さん。。。。
 「高倉健」を取り巻く世界が、素直に優しく綴られたエッセイ集。


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「鉄道員(ぽっぽや)」でも書いたが私は高倉健さんの隠れファンである。
 私はめったに本は買わず専ら図書館にお世話になっているが、健さんが書かれた「あなたに褒められたくて」は何故か身銭を切って買った。
 引越しの際に膨大な蔵書を間引きまくって里子に出したが(古本屋へ持ってきました)、何故かこの本は手元に残して置いた。
 心のどこかのフックにひっかかり、自分の世界の片隅にひっそりと置いておいた。

 健さんが本を出しているのを知っている方はそう多くないだろう。
 私も全然知らずあるきっかけで知ったが正直ちょっと意外な感じがした。
 なんとなく役柄のイメージから寡黙な感じがしたので、あまり多くを語らない方なのかなあと思っていたからだ。
 だから私の中で「文章を書く健さん」というのは「喋らない明石家さんま」と同じ位ビンッと来ない。
 でもこのエッセイを読んで良い意味で私の持っていた「高倉健像」を裏切ってくれた。

 上手い文章とは違うと思う。
 でも味わい深い良い文章だと思う。上手い文章と良い文章はどう違うのかと問われたら明確には答えられないが、良い文章は心の襞にわけ入ってくる。
 こういう文章が書ける方なんだあと、「さすがは私の健さん」とバチ当たりな感想を抱いた。
 それと読んでいて結構面白い人なんだなあとも思った。
 「ガチャ」というあだ名の俳優さんに彼が仲間と一緒に色々イタズラをする顛末を書いた「胡椒のお風呂」というエッセイは面白かった。
 メイクさんも抱きこんで脱毛クリームを「ガチャ」さんの眉毛に塗ってツルツルにしたり、下剤を使ったイタズラがエスカレートして馬の下剤を使って彼をピーピーさせたりするのはお茶目というか子供っぽい。
 本当に意外な面であった。 
 
 でもやはりこの本を一本貫くのは「高倉健さんのポリシー」だなと思う。
 人生を丁寧に真摯に生きてらっしゃる姿はやはり私のイメージを裏切らない部分であった。
 私は健さんのこういう「自分の生き方を貫く姿勢」が好きなんだなと改めて思った。そういう生き方は「強さ」がないと出来ないだろう。そこに憧れも抱く。
 だがある意味それは「かたくなさ」と表裏一体のものであり、生き方を狭めているとも思う。もう少しブレる部分があればもしかしたら幸せの数はもっと多かったのかなあと思わなくはないのだけど。まあ、余計なお世話だけど。

 今回再読して「あたたかさ」を感じ取った。「暖かさ」でもなく「温かさ」でもなくひらがなでの表示がしっくりくる。
 その「あたたかさ」が故に心の片隅で温めていたのだと思う。
 

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| 高倉健 | COM(2) | TB(0) |
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