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2009-07-29 (Wed)
 
 全く売れない恋愛小説家の袴田は、類まれな才能持つ作家と盲信して己の才能を誇りに思っていた。
 そして彼のもう一つの誇りは家族であった。
 気立ての良い売れない作家の袴田を笑顔で支えてくれる妻の君江に、素直で心優しい浩と詩織。  だが四ヶ月前の実母の死後から家族という至宝は彼にとって地獄へと変貌した。

 息子の浩が豹変したように家庭内暴力へと走った。仲間と一緒に袴田をなぶりものにし、あまつさえエロビデオを彼に借りに行かせる始末。
 父親としての権威も尊厳も根こそぎにされる屈辱に耐える。妻の君江も浩と同様に変化し陰鬱で袴田に冷たい態度を取る。
 その理由に全く心当たりの無い袴田はただただ苦悩するしかなかった。

 そんな袴田に追い討ちをかけるかのように担当編集者の芝野から契約解除の三行半を突きつけられる。
 だがしかし息子の家庭内暴力を「鬼子」というタイトルで書くのなら本を出版してくれるという。
 勿論断るのだが結局は書かざる終えない自体へと追い込まれていく。。。
 
 そしてある事件をきっかけに袴田は浩の殺害を決意する。しかし自分に息子を殺せないと悟り、友人から紹介された業者に息子の処分を依頼するが。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 新藤冬樹さんという作家を一言で表現するなら「えぐい」という言葉を思い浮かべる。
 とにかく人間の弱さ醜さというダークな面を本当にきっちり書いて来る。読んでいて苦い。
 「新藤さん、私もう少しマイルドな味付けがいいっす」
 と思ってしまう。
 もうちょっと違う味付けもして欲しいなあとグルメな私は思ってしまう。

 同じような人間のえぐさを書く作家に「不夜城」の原作者 馳星周さんがいるが、彼はどんなに残酷さを描いていてもどこか悲しみというか人の持つ絶対的孤独感というものが漂い切なさを感じるのに対して、新藤さんはただただ「えぐい」という苦味しか残らない。
 作品によってはただ「えぐい」だけで終わって何も残らないというより、不快感しか残さないというものがある(というよりそういうものが多いかもしれない)。
 
 でもこの「鬼子」だけはそれまで食してきた作品とは違い味わい深かった。作品の味に深みがあるというかこくがあるというか。
 「えぐい」のは相変わらず変わらないのである。読んでいて不快感を感じる部分もある。
 けれどこの作品に限ってはそれだけで終わっていないのである。
 むしろ今回ばかりはその「えぐさ」がラスト辺りで何ともいえない悲しみを持って響いてくる。

 この作品は父親である袴田が様々な事情と策略により、悪魔のように豹変した息子を間接的にせよ「殺す」という決意をするまでの過程が主軸として描かれている。

 血のつながりがある愛情関係は一度歯車が狂い出すとどうしようもない泥沼な関係になるのだと思った。
 逆に愛情というものがあったからこそ、その反動は凄まじいものになる。しかも「他人」であれば逃れられる関係だが、血のつながりがある以上その鎖はほどけない。
 袴田の血のつながった実の息子へ沸き起こるどうしようもない殺意と、それでも親としての理性とまだ残る愛情の狭間という息の詰まるような人間模様が書き込まれ、今回ばかりは惹きこまれて読んでしまった。

 もう一つ担当の芝野という男がひとでなしで、この男がこの物語に絡む事によって一際袴田の家族崩壊がやるせない。

 ラストで怒涛のオチが展開されて若干反則的な所もあるのだけど、
 「ごちそうさまです。美味しかったです」  
と初めて新藤さんの作品を美味しく読み終えた。

 こういう当りがマレにあるので新藤さんの作品はたま~に仕入れてしまうんだよな。 
 
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| 新藤冬樹 | COM(9) | TB(2) |
2009-07-26 (Sun)
 村上春樹さんは私の愛する作家さんだ。
 「死ぬまでにやりたい10のこと」のひとつに「村上春樹さんと話がしてみたい」という願いを入れるくらいである。

 もともと人気作家だったけど最近の再ブレイクは少し驚いている。
 ブレイク自体は別に不思議でもなんでもないのだけど、ただ私の周囲に村上さんのファンはおらず、本ブログを始めて旅回りした時もあまり村上さんの記事は見かけなかった。
 だから隠れハルキストが多いのだろうかと思っていた。
 今「IQ84」の話題があちこちで見かけると一体みんな今までどこに隠れていたんだと若干不思議な気持ちになる。
 村上さんの作品を初めて読んだ時作品の持つ「孤独」に強く惹かれた。
 でもその孤独は決してネガティブなものではなく、むしろポジティブな色合いを持っていて「ああここにわかっている人がいる」としみじみ思った。
 家族でも友人でも理解出来ない「私の孤独」を全くの見ず知らずの他人が作品世界で表現している事は驚きでもあった。

 家族がいても、友達がいても溶かす事の出来ない、共有する事の出来ない「孤独」を、村上春樹さんの作品世界なら共有出来た。
 その世界に思いっきり浸って出る時は「まあ、またお外の世界でも頑張ろう」と思える。

 願わくば作品を読み続けたいので健康に気を使って長生きして欲しいっす。


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| 村上春樹 | COM(9) | TB(0) |
2009-07-25 (Sat)
   
 「おむすびころりん」

 多美の昼食は具の入っていない海苔を貼り付けただけの塩むすび一つだけ。
 彼女がダイエットを始めたのは、片思いの布川恭助の婚約者相馬絵里が美しく変貌した事に気づいてから。無理なダイエットのせいか嫉妬のせいなのか多美の頭の中では絵里が死ぬ想像が四六時中巡る。次第に膨れ上がる妄想に自分がおかしくなっていく恐怖に囚われてていくが。。。

 ふとしたきっかけで同僚の窓際族である島野と親しくなるが、ある時「私は死神」だと告げられる。
 そして三日後に想い人の布川恭助が死ぬと。半信半疑ではあったが多美は恭助の代わりに自分が死ぬ事を希望する。
 残された僅かな時間を想う時、女手で自分を育ててくれた母親に会いたくなり会いに行く。
 
 他一遍を含む。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 死神と言えば鎌もった姿を想像するが、この本に出て来る死神はごく普通人の姿をしている。
 それが妙な親近感を抱かせてくれる。
 
 同じ死神をモチーフにした作品に伊坂さんの「死神の精度」がある。
 やはり読んでいるのでどうしても比べてしまうけど、あちらはユーモアがあって「死」というものを淡々と扱っている感じでそこが面白く、こちらは若干暗めで「死」というものにもう少し踏み込んだ感じである。
 評価としては「死神の精度」が良いみたいだけど、私的にはおむすびの具が違うと同じおむすびでもこうも味わいが違うもんだとどちらも美味だった。 

 多美が「死」というものを意識した時、彼女を取り巻く世界は姿を変える。
 ぐっと生きている時間の濃度が濃くなる。
 本当は人は生まれた時から「死」へのゴールに向かっているはずなのだけど、やっぱり普段はそれを忘れて生きているから普通の日常が薄くなるのは仕方ないのかもしれない。

 「死」というものの存在を再認識した時、「生」が愛おしくなる。
 そう考えると決して「死」という概念はネガティブなものだけではなく、もっと豊穣なものも有しているのだと思う。
    
 読んでいて思ったのは島野は死神というよりカウンセラーのようである。
 島野は多美に言う。
 「生きるということにおいて、本当に大事なことはひとつだけだと、私は思いますね。おむすびが転がりだした時、考えなくてはならないのは、そのおむすびを拾うこと、だけなんです。」 

  ようするに「おむすびを拾うこと」=「生きること」なんだろう。
  どうしても人間としてのクセなのか拾う前に色々考えてしまう。何故転がったのかとか、拾った方が良いのかとか。
 満たされないからこそ「生きる意味」を模索してしまうのだろう。
 おむずびを拾えばいい、拾えば。そしてそのおむすびの味を堪能すればいいのだ。  

 今私が手にしているおむすびがどんな具が入っているのかはわからない。 
 けれど自分が今手にしているおむすびの味をじっくり堪能したいと思う。

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| 柴田よしき | COM(2) | TB(0) |
2009-07-22 (Wed)
 

 「何者にもなれない、何者にもなっていない」自分をもてあます女子高生の野田朝子。
 膿んだ平凡な毎日の流れを変えたくて母親に内緒で登校拒否児となる。
 気分転換の模様替えで処分するつもりだったパソコンを、ゴミ捨て場でたまたま通りかかった近所の小学生青木かずよしに進呈する。
 後日かずよしに会った時パソコンは直っており、彼はそのパソコンを使って朝子に風俗チャットのアルバイトを提案する。暇な時間をもてあましていた朝子は興味本位も手伝って引き受ける。
 かくして女子高生と小学生の秘密のバイトは幕を開ける。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  *若干ネタばれ有り 

 この本との出会いが20代後半で良かったと思った。

 私が綿矢りささんが処女作品「インストール」書いた10代の時にこの本を読んでいたら、きっととても彼女に嫉妬したと思う。
 「何者かになれた」綿矢さんを、
 「何者にもなれない」自分は悔しく思い妬んだと思う。
 若い時、特に10代は他人に対して寛容になりにくい。
 あら熱が少しずつ削ぎ落とされ、評価出来る器が用意された30代間近に読めたので本当に良かったと思う。
  主人公の朝子は「何者にもなれない、でも何者にかになりたい」という若者特有のはしかにかかっている。 10代というのはそういう悩みごとでもんもんとするのがお仕事といえばお仕事だけど、その自分探しを模索する姿がユーモアを持ってカラッと、でも気持ちの揺れが見事に書かれている。
 普通こういうテーマは若干重くなりがちだけど、女子高生と小学生の風俗チャットのアルバイトというニクイ味付けが全然違う世界の扉を開いてくれる。

 とにかく面白い。上記のような設定からして読み手をわくわくさせてくれる。
 自分の立ち位置に迷う朝子と、幼くしてエロの世界に踏み込まざるおえなかったかずよしの迷い子の2人が、ネットの向こうに広がる浅くて広い仮想世界で、逆にリアルな現実の悩み事を解く鍵をみつけていく過程は納得出来るものだった。

 読んでいて痛感したのは綿矢さんは文章が上手い。
 その上手さは文章が美しいとか、流麗とか、無駄な贅肉がないといった類のものではなく、独特のセンスが光る言葉の羅列。彼女独自の言い回しというか。
 その文章が故にこの作品はユーモアと軽みがある。
 これがデビュー作品というのが驚きだ。紛れも無い才能をビンビン感じさせる。

 私が一番ツボを付かれたのが、
 「どんな生活でもどんな生き方を選んでも、その人が毎日を幸せに送れているのならその人の勝ち」
 という言葉である。

 確かにその通りだと思う。ようはその人が「幸福」だと感じているのならそれでOKなのだ。たったそれだけでその人は勝っちゃうんだよなあ。
 驚くのはこの年でそういう事を書ける事である。
 それは綿矢りさ個人の人生観か?それとも作家綿矢りさとしての創造性か?
 どちらにせよやはり彼女は只者ではないのである。

 やがて朝子の自分模索の旅は風俗チャットの終了と共に終わり、彼女は学校へ戻る。

 そのラストが味気ないという意見が多かったようだけど私的には○だった。
 膿んだ日常のつかの間のつまみ食い的な違う世界を見て、自分が元いた場所の良い点を発見しそれまでとは違った視点を持って日常に戻るというのはリアリティを感じる。

 ラストでタイトル「インストール」真の意味が朝子のセリフから読み取れる。
 「やられた」と最後まで一本取られたと思った。

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| 綿矢りさ  | COM(4) | TB(0) |
2009-07-19 (Sun)
 オリコンのアンケートで「後世に伝えたい漫画、1位は『SLAM DUNK』」だそうだ。。。(この点に微妙な心理が表れている)
 以下が「後世に伝えたい漫画 TOP10 」である。対象年齢は10~30代。

1 『SLAM DUNK』 井上雄彦 集英社
2 『ONE PIECE』 尾田栄一郎 集英社
3 『ドラゴンボール』 鳥山明 集英社
4 『ドラえもん』 藤子・F・不二雄 小学館
5 『サザエさん』 長谷川町子 朝日新聞出版
6 『名探偵コナン』 青山剛昌 小学館
7 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』 秋本治 集英社
8 『ちびまる子ちゃん』 さくらももこ 集英社
9 『鋼の錬金術師』 荒川弘 スクウェア・エニックス
10 『花より男子』 神尾葉子 集英社

 私自身は上記の漫画を全部は読んではいないけど 『ドラえもん』 藤子・F・不二雄 と 『サザエさん』 長谷川町子 は順位はともかくTOP10に入るのはわかる。ただ「こち亀」とかはよくわからない。私個人としては単に長いだけのような気がしてしまう、何故入ったのだろう(秋本先生すいません。面白いのですが)。
『名探偵コナン』は確かに面白いが後世に伝えたい程だろうか。『花より男子』は次に同様のアンケートをしたらなくなってそう。

 で勝手に「自分が後世に伝える布教活動をするならこの漫画 10の作品」。
 順位はどうしてもつけられなかったのでTOP10ではなく絞り込んだ10の作品。

 ・「タッチ」 あだち充  
  ラブコメの決定版
 ・「BANANA FISH」 吉田秋生
  少女マンガの枠を超えた面白さ
 ・「ぼくの地球を守って」 日渡早紀 
  前世ものの決定版
 ・「北斗の拳」 原哲夫 武論尊  
  女でも食べれる格闘漫画
 ・「漂流教室」 楳図かずお
  天才の最高傑作
 ・「MASTERキートン」 浦沢直樹
  大作家の旨み凝縮漫画
 ・「キャンディ・キャンディ」 いがらしゆみこ
  少女漫画の王道
 ・「ファミリー」 渡辺多恵子
  泣けて笑える傑作漫画
 ・「ブラック・ジャック」 手塚治 
  良い意味での手塚先生のクールさが反映された傑作漫画
 ・「残酷な神が支配する」 萩尾望都 
  これは完全に私の趣味。文学を漫画に結晶出来た稀有な例
 

  こう見ると随分昔の漫画が多い。最近漫画をあまり読んでいないせいもあるけど、私が夢中になって読んだ頃の漫画は面白くて深みがあるものが多かった気がする。

 絞り込むのはやはり大変だった。あれもこれもと思うが絞り込んだら上記のような作品が並んだ。
 他の方がみれば「何でこの漫画が入る?」というものもあるだろうと思う。
 こういうのを個人でやったら性格テストより性格が反映されそうである。
 
 願わくばこれからこの中に入る漫画と出会えたらと思う。
  

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| ヒトリゴト | COM(8) | TB(0) |
2009-07-18 (Sat)
   

 鈴木 一
 42歳。
 自分の半径一mのことだけを考えて生きてきたどこにでもいる平凡なサラリーマン。
 そんな彼の宝物は良妻の夕子に高校生の美しい娘、遥。今ある幸福がずっと続くと信じていた。そう、あの日までー。

 娘の遥がボクシングで将来有望な石原という高校生に暴力を受け、心を固く閉ざしてしまった。
 なにも出来ない不甲斐ない鈴木の前にケンカの達人である朴舜臣とその仲間が現れる。彼らは鈴木に石原に復讐する手助けを手伝うと申し出る。
 鈴木は遥をもう一度この世界へ取り戻す為に、石原と戦える程に強くなるトレーニングを開始する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 夏はなんとなく、人がいつもよりも幸福に見える。

 やはり解放感からくる自由さでそう見えるのか?
 それともギラギラの太陽のパワーの成せる錯覚か?

 お父さんの鈴木が愛する娘の為に戦う技術を身に付ける冒険譚も季節は夏である。
仕事を休みひと夏をかけてボクシングチャンピオンである石原とタイマンの勝負を挑むためのトレーニングをする。
 やはり冒険は「夏」だなと思う。
 冬では寒さで身も心も縮こまりそうだし、春ではほのぼの、秋ではしみじみという感じて背景の舞台としては若干役不足である。
 やっぱり夏なんだよなあ~と、この夏に作品を再読してしみじみ思った。

 これはタイトル通りの「がんばるお父さんのおとぎ話」である。
 ストーリーの展開とかはご都合的な所はあるがこれはそういう物語である。なんせおとぎ話である。
 だからこそ安心して話の展開に身をまかせられるというか、なんというか。

 なんかこの本を読んでいて映画の「ロッキー」を思い出した。あの映画もある意味お約束の作品だけどそれでも素直に応援し感動してしまう。
 お父さんの鈴木が強くなる為に木に登ったり、バスと競争したりする姿はなんかほっこりきてしまう。
 単なる中年のおっさんが朴舜臣とその仲間と共に生きた時間を過ごしているうちに色んなものを削ぎ落とし、だんだんと「カッコよく」なる道筋はシビレてくる。
 やっぱり人が自分の信念の為に強くなろうとするシンプルな成長物語は強いなと思う。

 この作品を読んでいて親は子供に何かあった時に、親が子供に「何かあったら守ってやる」ということを示してやることがとても大切だと思った。勿論その結果がオーライばかりではない場合もある。でもそうする事が子供に「自分を守ってくれる存在がある」ということを糧に出来る。

 ラストで鈴木が壊わされた世界をもう一度自分の手で取り戻した時に、
 「この世界は素晴らしいな。」 
 と呟くシーンはジーンと来た。
 そうなんだよなあ、世界はちゃんとそういう部分を用意してくれているんだよなあと思った。
 自分がその世界を見つけられるかはわからないけど、鈴木のようにあきらめたくないと思った。
 なんか読み終えた時はファイトが沸き、パワーが充満してくる。きっと自分も何かが出来る、掴めると。

 この夏お勧めの一品である。

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| 金城一紀 | COM(3) | TB(0) |
2009-07-15 (Wed)
   

 工藤泉はもうすぐ結婚をする。激しく人を愛した思い出ごと受け止めてくれる男性と。
 その彼と過ごした苦く甘い思い出は何度も泉の中で蘇る、そうする事で過去を封印するかのように。
 「彼」、高校時代の教師であった葉山とはお互い相思相愛であったが、はっきりとお互いその思いを確認する事なく泉は高校を卒業する。
 再度後輩の為に演劇部を手伝わされる事によりその顧問である葉山と再会する。
 変わらない葉山への思い。
 だが彼には泉へと全力で向かい合えない事情があった。泉はそれでも葉山を求めていたが。。。。
 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 私は基本的に「恋愛小説」はあまり好きではない。
 何故なら「恋愛小説」はつまる所、
 「くっつく」
 か、
 「別れるか」 
 のどちらかのゴールしか待っていないからである。
 これでは結末が見えているミステリー作品を読んでいるようでなんとなく手が出しにくい。。。。
 
 そんな私が何故にバリバリの恋愛小説である「ナラタージュ」を読んだのか?

 もともと評判の良い作品であったのと、題である「ナラタージュ」の響きに惹かれたのと、表紙が素敵だったからである。
 題の秀脱さと表紙のクオリティの高さに「これはイケル」と直感した。

 「ナラタージュ」 
 初めてこのタイトルを見た時なんて語感の響きの良い素敵な言葉だろうと思った。恐らくこの本に出会う事がなければ私の人生で「ナラタージュ」なんて言葉は生涯呟く事はなかったと思う。
 良い作品は良い符号を持つものだ。

 恋愛小説をあまり食する事の無い私でも飽きる事なく読めた。決して奇をてらう物語ではなく、オーソドックスである。それでも読ませるのだから著者の島本さんは芸達者だと思う。

 私が一番印象深い言葉だったのが、
「たとえ誰かのせいで不幸になったとしても、人間は基本的に自由なんだから、その不幸から抜け出す努力をすべきなんだよ」 
 そうなんだよなあ~。キレイごと的な所もあるけど、人はそういう選択権を持っているはずである。それならそれを自分が選び取れるかどうかだなと思う。
 
 その選択権を半ば放棄しているのが泉の恋の相手である葉山先生だ。この葉山先生はいわゆるダメ男である。もっと別の言い方をすれば「中途半端ないいひと」である。
 完全な「いいひと」なら男性としての面白みはなく「お友達でいましょう」止まりで恋愛には発展しないと思う。
 冷たい人間ならまず期待させる言動をせず恋をしてもばっさりと断ち切られてしまう。
 泉の心のひだを誰よりも理解出来るのに、泉の思いには応えようとしない。でも何故かこういうダメ男はもてるのである。女性がその優しさに惹かれその弱さに母性本能を感じるのかもしれない。

 結局の所「好き」だというシンプルな思いは何より強いんだなあとしみじみ思った。ダメな男だろうがなんだろうが、
「好きなんだから仕方ない!!!」
というシンプルな真理をまざまざと突きつけられたような気がする。

 「ダメ男なんてよせばいいのに」という助言は馬の足に蹴られるしかないんだろう。

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| 島本理生 | COM(7) | TB(0) |
2009-07-12 (Sun)
  「沖 雅也」さん。。。

 沖さんと言えば「涅槃で待つ」という言葉を残されて高層ビルから飛び降り自殺された俳優さんである。
 その言葉と私生活の面の為にスキャンダルなイメージがかなり強い。
 同時期に活躍された松田優作さんは伝説になっているが、亡くなり方とそのイメージの為にメディアであまり取り上げらていない。

 この方をリアルタイムで知っているのは恐らく35歳以上の方だと思う。私は自殺された時の騒動の記憶がうっすらと残っている程度である。
 それでも今回この方を取り上げたのは単にファンだからである。

 でもリアルタイムのファンではない。リアルタイムでは子供だったのでその魅力というのを発掘できなかった。
 ファンになったのは最近である。

  一時期時代劇の必殺シリーズにハマっていた。
 たまたま沖さんが出演された「必殺仕置屋家業」の市松を演じている姿をニコニコ動画で見た。
 正直沖さんが演技する姿を見るまではメディアの洗脳のせいで私も色眼鏡で見ていた。でも彼の演技は見る者の色んな思惑を吹っ飛ばす程の素晴らし過ぎる演技だった。

 神様が特別愛でたとしか思えない凄みのある美貌、確かな演技力と、そして圧倒的な存在感。
 目からウロコがぼろぼろと落ちた。これ程魅力ある俳優だとは思わなかった。
 もっともっと「沖雅也」さんを知りたいと飢えたように思った。

 ありがたい事にリアルタイムの時から熱心なファンであり、死後25年以上経っても熱烈なファンであり続ける方のファンサイトがあった。

 そこで知ったのは幼少時の頃からご苦労されており、私にとって衝撃だったのが沖さんも私と同様に心の病を持ってらっしゃったようである。
 どうも自殺されたのは心の病の回復初期段階という、一番自殺の可能性が高い時期のようである。
 当時の自殺された時の報道騒ぎは凄まじいものがあったようで自殺の理由を色々憶測されたようだけど、私個人は心の病による病死に限りなく近いものだと思う。

 これ程の俳優が「役者」として評価されず、取り上げられるのはスキャンダル部分ばかりというのが悲しい。
 願わくば「俳優・沖雅也」として出来るだけ早く正当に評価される日が来て欲しいと思う。

 ちなみに私がハマるきっかけとなった沖さん演じる市松の動画である。目からウロコを落としてください
 

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| ヒトリゴト | COM(13) | TB(0) |
2009-07-11 (Sat)
   

 ミステリー作家持井涼司は「凍て鶴」で有名な文学賞を受賞する。
 その作品が映画化される事になり、一番熱心だった奇才と言われる小野川に会う。彼は元々脚本家だが主演も監督も務めるとなみなみならぬ意欲をみせていた。
 だが待居は打ち合わせで彼に会う度に、小野川の独善的な思い込みの激しい性格にイラついてくるようになる。
 その最たるものが、自殺志願者が集うサイト「落下の会」の主催者である木ノ瀬蓮美の自殺に、作品「凍て鶴」が影響を受けているはずだと執拗に自分の考えを押し付けてくる。
 小野川は「落下の会」の死生観を映画の下敷きにする為にこのサイトについて調べ始める。それに無理やり待居はつき合わせられる羽目に陥るが。。。。。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 *多いにネタバレ有り 

 雫井さんは多作な方ではないがコンスタンスになかなか質の高い作品を生み出している。
 作家さんの中には出来、不出来の激しい方もいて読む時に「大丈夫かな。。。」と心配しつつページをめくってしまう作家さんもいるけど、雫井さんは安心して作品世界の入り口をくぐる事が出来る。

 今回の作品も私的には期待を裏切られなかったと思う。それは自分が「創作」という行為が好きだからだと思う。
 この作品は「創り手の業」の凄さを感じさせる作品である。

 正直言うと、小野川が受賞作品を自殺系サイトの「落下の会」の事件と結びつける所は強引さと、そして彼のキャラのひとりよがりな造形はやや閉口を感じたが頑張って読み進めた(ラストを読んでそういう設定にしないと作品が成立しないのと、あのキャラが故にラストで活きるとわかるのだけど)。

 読んでいくうちにこの投げられたボールはどこに進んでいくのか興味津々だった。どこに行くのか全く読めない。

 ラストの着地点に「こう来たか!!!」と唸った。ラストのラストでタイトルである「犯罪小説家」の意味を納得する。
 そうまでして、そこまでして創りたいのかと思う部分もあるし、でも自分も物を創作する事に携わっていると共感出来る部分もある。
 
  個人的に創造的な創作に携る人はそれでしか埋める事の出来ない「何か」を抱えていると思う。だからこそ創作を続けていくのだと思う。
 そうでなければ「無」から「有」を生み出す孤独な世界に生きられないと思う。何故ならその世界は誰かが助けてくれる世界ではないから。
 
 ラストで主人公はこう呟く。
 「書くことがある限り、彼に絶望はありませんから。。。。」 
 自分の外側にどんな事が起きても、それら全てを書くことで昇華できるのなら確かにそりゃあ何も恐れるものはないだろう。自分の内側の世界が崩れるのは「書けなくなる」ことのみだから。
 それはとても羨ましいなあと思う。自分の中に「絶対の基盤」があると無いでは人生の苦楽の度合いが違う。  自分も創造するのは好きだけどさすがにここまで突き抜けられない。

 ラストはある種の破滅を予兆する終わり方だけど、主人公にしてみれば絶望に値する事ではないんだろうなと思った。

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| 雫井脩介 | COM(2) | TB(0) |
2009-07-08 (Wed)
   

 人間型ロボット「ヒューマノイド」が当たり前に存在する24世紀。
 ヒューマノイドのジャックとエレナは死ねない生命を抱え、だからこそ共に生きていた。

 ビンボー探偵業を営むそのジャックの元へある割りの良い依頼が持ち込まれる。 
 それは人間と恐竜が共に過ごしている「竜星王」の王女モニークからの敵対するシュマリの王リブシェアの暗殺の依頼であった。
 だが何故かこの依頼にエレナは乗り気になれなかった。それはエレナの削除された過去の記憶と関係があった。
 あくまでも人間の従者として造られたエレナは、人間よりも凌駕する機能を持ちながらも主たる人間の身勝手さに苦悩させられる。。。。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 清水さんという方はお料理上手だと思う。

 様々な素材を彼女独自の味付けをし、今まで味わった事あるとか、どこかで味見した事があるというな事は全く無い、斬新で独特な味付けがされた作品世界を提示してくれる。良い意味での奇想天外というか、どうやったらこんな作品を思いつくのかと感嘆してしまう。

作品を読むたびにその斬新な味わいに「おお!!!」と舌鼓を打っている。 

 私は個人的に清水さんの作品は長編よりも短編が好きだ。長編は作品世界とストーリーの凄さでぐいぐいとひっぱってくれるが、短編は深い(長編が浅いという意味では決してなく)。
 清水さんの凝縮された味わい深いスパイスの旨みが堪能できる。
 そんな清水さんの作品の中でも一番の好物が「ジャック&エレナシリーズ」である。

 ジャックもエレナもどちらも人間型ロボットである。ジャックはフツーのロボットだがエレナは違う。
 エレナは人間の叡智が生み出した最高級ロボット。人間が望んだ理想の結晶である。
 超美貌に超頭脳に超運動能力という具合に創造主である人間の持つ能力を凌駕している。
 そんなエレナに出来ないのは子供を生む事と死ぬ事の2つのみ。

 私がこのマンガで最も味わいを堪能したのが、死ぬ事の出来ないエレナが死ぬほどつらい目にあった時は記憶を消していくという設定である。苦しい記憶を消してまた何もなかったように生きていく。。。
 人を殺しても、大事な人を亡くしても。。。。
 この設定が美味い!!!

 死ねないつらさは「人魚の森」の記事でも書いたけど、この作品の方が痛切に響いた。  

 私も嫌な苦しい記憶を消す事が出来たらと思う時はある。
そうすれば心の病に悩まなくて済むし、今抱えている苦しみの幾つかからは解放されるかもしれない。
 でも嫌な記憶を消し続けてそうやって出来上がる自分という存在はなんだろうと思う。それって「自分」なのだろうか。。。何かがひどく欠けたはりぼてのような人間が出来上がる気がする。
 自分が自分であるというものを根幹を成すのは「記憶」だと思う。自分が今まで生きてきた歴史が記憶だから。
 だから嫌な記憶でも抱えるしかない。抱えて別の「何か」へ昇華させるしかないんだと思う。

  人間の叡智の結晶であり、理想が具体化されたロボットエレナ。
  だが死ねないエレナは死にたくなるような事があっても記憶を消し続けて生きつづけるという「生」を強いられる。
 その皮肉。
 それがなんとも悲しく響く。

 是非清水さんの作る斬新な料理を味わって欲しいと思う。
 (ただ絵が独特の美意識を持っているので合う合わないがあるかもしれない)

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| マンガ | COM(7) | TB(0) |
2009-07-05 (Sun)
 ヒトリゴトのネタ潰し企画第2弾(もうそろそろネタが尽きそうだ)。
 
 今まで書いてきた本の紹介記事で人気のあった記事、お気に入りの記事、よく書けている自画自賛の記事をピックアップ。
 つまみ食いにどうぞ!!!

 <人気記事>
 ハゲカツラと成功法則 「夢をかなえるゾウ」 水野敬也 飛鳥新社
 これは拍手の数も割りと多く、初コメントの方がこれまた割りといた。自分でもお気に入りの記事でよく書けていると思う。
 「あきらめない事」の難しさに悩んでいて(今でもだけど)、自分のやっている事は間違っていないとわかっていてもそれでも苦しんでいる自分を励ます意味でも書いた記事。
 ラストの数行は今でも自分に言い聞かせている。

 それでもなりたいですか? 「人魚の森」 高橋留美子 小学館
 これは拍手が一番多い(と言っても5だけど)記事。自分ではちょっと意外だった。あまり何も考えずに書いた記事なので。
 意外と自分が考えまくって書いた記事よりも、何も考えんで書いた記事の方が評判良かったりする。若干無念。

 自分だけのスポットライト 「二十歳の原点」 高野悦子 新潮文庫
 これはまだブログ開設して間もない頃に書いた記事で初コメント頂いた記事である。
 実はこの紹介文は同人誌でも発表したけど、どちらでもとても食いつきが良いというのか。語ってくださる方が多い。ありがたや。

 計れないものさし 「山田花子自殺直前日記」 山田花子 太田出版
 これもブログ開始当初に書いた記事。「二十歳の原点」もそうだけど、孤独とかそういうものを書いた作品の紹介文は人気が高い。

 天才フェチ 「容疑者Xの献身」 東野圭吾
 数多い東野さんの作品紹介記事でこれが一番人気が高かった。
 この作品を読んだ多くの方と異なる感想だと思うけど、自分にはロマンがないのかと思った記事でもある。
 

 <お気に入りの記事>
 命の恩本 「犠牲」 柳田邦男 文藝春秋
 これはタイトル通りの思い入れの深い本である。
 多分今まで書いてきた記事の中で一番自分というものをさらけ出している記事だと思う。

 ねぎと孤独 「ねぎを刻む」 江国香織 新潮文庫
 孤独について書いた記事は基本的に好きだからである。

 こだわりの人 「ダンス ダンス ダンス」 村上春樹 講談社文庫
 この記事は同人誌でも発表した紹介文だけどかなり乗って書いた記事。村上さんの本の紹介文の中でもこれが一番好きだと思う。


 <よく書けている自画自賛の記事>  
 涙のスイッチ 「将棋の子」 大崎善生 講談社文庫

 これは自分的にはタイトルも内容もシメの言葉もよく書けていると思う。
 最後部分の〆の言葉を書いた時は「決まった。。。。」と思った。

 やっちゃいました 「明日の記憶」 萩原浩 光文社
 この作品は内容は割と深刻なのだけど、それを笑いを交えて紹介していてよく書けていると思った。
 好い笑いのツボを押していると思うが。

 創作の神様の愛情 「チグリスとユーフラテス」 新井素子 集英社
 この記事は内容が上手くまとまっていると思う。ラスト近くの赤い色の言葉は自分の生きる指針でもある。

 この機会に記事を読み返したりしたが、やはり最新のものは文章が練れている。書きなれていくというのか。 ブログをやり始めて思ったのは、ブログをやりながら、自分の思いや悩みやそういったものを記事に託しながら自分を見つめなおしたり、活!!!を入れたりしているんだなあと思った。

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| ヒトリゴト | COM(7) | TB(0) |
2009-07-04 (Sat)
   
 
 自分は異端で異質であり、それが故に「他者」は恐怖の対象でしかなかった。それは家族すらも。
 そんな葉蔵が生きていく為にはピエロを演じ「他者」に奉仕する事しかなかった。
 だがそれでも解消されない生きづらさを酒、薬、女で紛らわせようと破滅的に生きる。
 そんな自分は最早人間失格である。。。。

 太宰治文学の最高峰。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 食物にも「旬」があるとするなら、本にも「旬」があると思う。
 私がこの本を10代に読んでいたら作品世界にどっぷりハマって、右手に桜桃、左手に「人間失格」の文庫本を持って太宰治のお墓へ巡礼の旅に出ていたと思う。
 さすがに読んだのは20代半ばなので作品世界に距離を持つ事が出来て「作品」として楽しめた。
 どらちが幸福な読み方だったのかはわからないけど、本というのは出会う時期に出会うもんだと思っているので多分あの時期で正解だったと思う。

 物心がついて「自分」について井戸掘りするように(考えるように)なった頃からだと思う。
 私はいつも、どこでも、誰といても、絶えず違和感を感じていた。
 私と、私を取り巻く世界との間にいつも距離を感じていた。まるで映画を見ているみたいに、自分のまわりのものや起きる事を、冷静な目で見つめているもう一人の自分をいつも感じていた。

 そんな自分は凄く変な奴だと思っていた。おかしいのだと思っていた。こういう事を感じるのは自分だけだと思っていた。

 でも家族や友人にこの件について語った事はなかった。
 当時の自分ではその思いを他人に伝える事の出来る語彙を持っていなかった事もある。
 でも多分一番はこの言葉を恐れていたからだと思う。
 「何言っているの?意味がわからない」 
 なんて言われたらショックで立ち直れそうにないからである。
 だから誰にも、何も言わずにいた。その事でひどく寂しさと孤独を感じる事もあった。

 でも「人間失格」読んで初めて、
 「なんだ自分だけが変じゃないんだ」
 と気づいた。
 その事は驚きと安心感をもたらした。
 自分だけが感じているという異質な感情を、他の人も持っていたという驚き。「自分は特別」というカテゴリーは案外自分が勝手に枠をはめているものなのかもしれない。
世界というのは思っていたよりも身近なんだなあと。
 それと自分がそれまで明確に表現出来なかった感情に明確なラベルを貼られた安心感とでもいうのか。
 とにかく自分の井戸の中の様子に色々と気づかしてくれた太宰さんには感謝だと思った。
 
 本にも色々タイプがあってただただ物語の面白さを堪能出来る作品。
 自分が何者かを感じ取れる作品。
 後者の代表格であるこの作品のおかげで自分という人間の取り扱いがし易くなった。

 本ブログをやっていて太宰治を取り上げるのはなかなかに感慨深い。

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| 太宰治 | COM(15) | TB(0) |
2009-07-01 (Wed)
   

 「ポトスの樹」
 「俺」の親父はろくでなしのクソオヤジである。
 「俺」の誕生の瞬間からベロンベロンに酔っ払って別人の分娩室で騒ぎを起こし、その後の人生もまるで甲斐性なしの、子供のへそくりまで手をつけて涼しい顔をするまことに正真正銘のクソオヤジであった。
 そのクソオヤジを反面教師とし「俺」は勉強に精進し名の通った大学、会社へと進んでとっとと自活して縁を切ったつもりであった。
 そんな「俺」も結婚し妻と子供を持つ事によって新たな家族が出来る。
 そしてクソオヤジはクソジジイとなるが。。。。

 「バルタン最後の日」
 人間に捕まったザリガニの『俺』は「バルタン」と命名され飼われる事になる。
 バルタンの飼い主である一家は不器用なそれでいてお人よしな「お父さん」と「お母さん」と一人息子の「フータ」の三人家族。
 ある時突然のんびりやの「お母さん」が脱皮宣言をし駄洒落を連発しまくるようになる。
 バルタンは知っていた、何故「お母さん」が脱皮したのか。
 「お父さん」は会社で上手くいっておらず、フータは学校で苛められて「笑い」を無くしていたからだ。
 それなりに人間世界で飼われる事を満喫していたバルタンに思いがけない最後の日がやって来た。
 
 上記二作品を含む短編集


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 加納朋子さんの作品を始めて読んだのは「火曜日の水玉模様」だったと思う。
 読んだ時「北村薫さんの作風にそっくりだ~」と驚いたのが最初の出会いの感想であった。
 でも嫌悪感を抱かなかったのは作品世界の持つ優しさと、間違いなく才能を感じさせるクオリティの高さがあったからだと思う。
 その後も加納さんの作品は読み続け、加納さんもご自身の作風をだんだんと掴んでらっしゃった。
 ここ最近は彼女の作品はご無沙汰していたけど久しぶりに読んだのがこの短編集「モノレールねこ」であった。

 どれも粒揃いの作品で今回は一つに絞りきれず二作品をピックアップした。 どちらの作品にも共通しているのが語りの面白さとラストのオチでのしんみりさ。
 それまで読んで来た彼女の作品にない「面白さ」と「しんみり」という武器に、
 「加納さん、一体いつこんな二刀流を習得されたんだ!!!」 
 と思った。
 ご無沙汰している間に進化されていたんだなあと感じた。

 「ポトスの樹」はクソオヤジさんのダメぶりが笑える。ダメなんだけど、どこか憎めないキャラで愛嬌のあるダメ振りとでもいうのか。
 このクソオヤジさんは最後に美味しい所を持っていくのである。それまでのダメぶりはこの為の前振りだったんだと納得させられるラストである。
 やっぱりクソオヤジでもジジイになれば孫は可愛いんだなと思った。
 
 「バルタン最後の日」。
 この物語の主人公は「ザリガニ」である。このザリガニのどこかとぼけたような語り口の味わいと、一家のどこかイトオシサを感じる不器用さの描写の組み合わせが上手くマッチングしている。
 実はこの作品はタイトルが示す通りラストが悲しくそしてジーンとさせられる。
 「正直、ザリガニで感動するとは思わなかった。。。」 
 しつこいけど本当にザリガニが主人公なのだ。生きていたら色んな事があるもんだと思った。
 加納さんの奥義にやられてしまった。
 
 加納さんの作風はデビュー当時から割と万華鏡みたいに作品世界の彩りを変化させて行く。
 次はどんな世界を魅せてくれるか楽しみである。
 
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| 加納朋子 | COM(4) | TB(0) |
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