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2010-05-01 (Sat)


  ヨコハマのとある下町「余毛」。そこに暮らす人々は自由で闊達で人情がある人々であった。
 その町に住む人々、ゲイのシャンソン歌手や焼き鳥の主人等が語り手となり、自分が出会った笑いありしみじみありのドラマを語った短編集。

 「パダム・パダム」
 ゲイバーのママは生涯忘れる事の出来ない出会いがあった。
 ママが33歳の時に6歳下のテツオという青年と出会う。自分と同じ恵まれない環境に育った彼に母性本能がくすぐられ関係を持ってしまう。ママは知らなかったがテツオには妻子がいた。一旦は連れ戻されるも妻子と別れ自分の所に戻ってきたテツオを受け入れて幸福に暮らしていた。
 だが何故かテツオはママの元から去り妻子に所に戻ってしまう。それからの彼は詐欺にギャンブルにと転げ落ちるようにすさんでいく。
 なんだかんだ言いながらもママはテツオを見捨てる事が出来ないのだが。。。。
 
 
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  山崎洋子さんは技術はある作家さんだと思う。
 ただどんな作品を書いても良い意味でも悪い意味でもそつがなく、その為に彼女独自の「色合い」というものをお持ちでない気がする。力量はある方なのだから作風になんらかの色合いがあればもう少しメジャーになれたような気がして個人的には惜しい。やっぱり作り手にとって個性というパーツはとても重要なんだよなと思う。

 しかし、この作品はそのそつの無さが上手く作品の味とマッチングしていてなかなか味わいのある仕上がりになっている。色合いの無さがそれぞれの作品の持つカラーを活かしているというか邪魔していないという感じがする。特に期待して読んだわけではないが予想外に面白かった。

 『B級』
 「B級グルメ」「B級映画」等B級という冠は人の心のフェチな所を微かにふるわせる響きがあると感じているのは私の大いなる勘違いであろうか?
 親しみ易く安っぽいというか決してA級サイズでは味わえないマニアックさというのは庶民には捨てきれないものがあると思う。
 A級とB級の間は深くて超えられない溝があると思うけど、この作品においてはA級にはないB級の放つ「素朴感のあるたくましさ」がなんとも良かった。
 どの短編も何れも粒揃いでばかばかしくて笑えるものしんみりくるもの考えさせられるものと色々な味があって、決してどの主人公も人生の舞台でA級になれる人達ではないがだからこその味わいというのを感じさせてくれた。
 
 その中でも「パダム・パダム」は私の心に一番残った作品だった。
 テツオがママとの幸福な生活を捨てたのは不幸な育ち方をした為に物事が上手くいくと逆に不安になっしてまい、こんな幸福が続くはずは無いと壊れる前に自分で壊してしまいたかったからだ。
 人は何かを失うよりも失いたくない何かを得る時の方が怖い時がある。その怖さはなんとなく理解出来なくもない。傷を持つが故の悲しさだ。 また傷つくのが嫌で幸福になる事を恐れてしまう。

 ママもテツオも幼少の頃に親の愛情に恵まれずにそれが傷となっている。ママは強さでそれを乗り越えたけど、テツオは結局「真っ暗な冬の夜みたいな寂しさ」に飲み込まれてしまう。
 その弱さを乗り越えられないテツオが可哀想だった。心底から幸福になりたいはずなのに何故か居心地の良い場所に止まれずに不幸なレールを走ってしまう事がある。傷が人生において決定的なくさびになってしまうからだ。
 でも弱いテツオも気の毒だけど強いが故にテツオの弱さを受け入れざるおえないママも気の毒だなとも思わせる。意地の悪い見方をすれば見捨てる事の出来ないママの強さ(甘さ)がテツオの弱さに加担したのかもしれない。強い人間が必ずしも弱い人間を救えるわけではなく、むしろ弱さの深みに嵌らせてしまう事もある。
 
 様々な人間模様の物語はB級な人間の人生も悪くないもんだと思わせてくれる。


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