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2010-12-01 (Wed)


 アイルランド系移民で一代で成功した農園主の娘、スカーレット・オハラは、自分と同じ上流階級の長身の美青年アシュレー・ウィルクスに恋をしていた。だがアシュレーは、アシュレーの従姉妹メラニーと婚約していた。「12本の樫木屋敷」でのバーベキューパーティーで、2人の結婚を知って愕然としたスカーレットは、癇癪を起こしてアシュレーの屋敷の家具のつぼを投げつけて壊す。これを見ていたレット・バトラーは、彼女の躍動的な精神に恋をしてしまう。
スカーレットは軽蔑する友人たちの陰口を聞き、メラニーへのあてつけのために彼女の兄(チャールズ・ハミルトン)が自分に求婚をするように仕向けた。何も知らないチャールズは、スカーレットの思惑通り、南北戦争の開戦のニューズに沸き立つ中で彼女に求婚、スカーレットは後悔しながらも結局結婚してしまう。しかしチャールズは結婚後まもなく戦場に赴き病死。スカーレットは17歳にしてチャールズとの間にできた長男ウェードを出産して、未亡人となる。-ウィキぺディアより


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 「風と共に去りぬ」は高校2、3年の17、8の頃に読んだ。
 当時それ程本を読んでいなかったのに何故大長編に手を出したのか今となってはよくわからない。
 何かしらのきっかけはあったとは思うのだが、人生に悩んで生きる糧を得たいそういう類ではない事は断言出来る。恐らく鼻で笑い飛ばすような理由だったろう。

 断言するが若き日の私は決して「おっさん好み」ではなかった。でも何故だかレット・バトラーの大ファンになった。
 現実的に考えた場合の女性にとっての理想の男性かなと思う、決して王子様タイプではなくナイトタイプとでもいうのか。女性を自分の手のひらで遊ばせるような包容力とそしてどんな事があっても食いっぱぐれの無さそうな経済力。夢見るなら王子様でもいいだろうが現実ならこういうタイプの方がベター。

 だからこの作品における王子様タイプはアシュレイなのだろうけど私は全く惹かれなかった。昔から幾ら顔が良くても甲斐無しの弱い男にはまるで食指が動かされなかったのだ。
 それ故読んでいてどうしてスカーレットはレットには見向きもせずにアシュレイに夢中になるのか全く理解出来ないまま読んでいた。
 作者のマーガレット・ミッチェルさんはこの作品が初めて書いた作品とは思えない程の筆力と完成度だけど、スカーレットがアシュレイにあれだけ惚れ込む設定だけはどうしても違和感というか、私にとっては説得力が無かった。ラストでスカーレットがアシュレイを理解していたら彼を愛する事はなかっただろうという記述があったけど、まだまだ青いガキの私にそんな心の深い機微なぞ理解出来るわけ無くスカーレットの男の趣味の悪いなあと思いつつ読んでいた記憶がある。 
 
 ラストでスカーレットがようやく自分が本当に愛しているのはアシュレイではなくレットだと気づき彼に愛を告げるが、彼女への愛に疲れ果てたレットはそれを拒絶する。
 当時高校生の私はどうしてレットはスカーレットを受け入れてやらないのだろうと思った。長年恋焦がれた女性がやっと自分に振り向いてくれたのになんで別れるのか全く理解出来なかった。怒ったし、腹も立てた。私はハッピーエンドになる話だと思って読み続けていたので。 
 でも自分が年を取りレットの年齢に近づくに連れてようやく彼の気持ちが痛い位に胸に染み込んで来た。
 スカーレットへの愛に疲労したレットの思いの重さ。 年を重ねる事によって一番失われていくものはバイタリティーかなと思う。レットが自分の年だと一度壊れたものをまた作り上げていくのは難しい若ければ違ったかもという気持ちはよ~くわかる。
 心に溜まった澱の重さはあらゆる理屈を超えるのだ。愛情とか正しさとかそういう全てなぎ倒す。
 レットの気持ちがわかるようになって自分も年を取ったんだと改めて実感した。

 当時まだそれ程メンタルも悪くなく、自分のような悩み事もなく良い意味でも悪い意味でもぬるま湯季節だったあの頃。
 スカーレットの何かがあっても絶望する事を選ばず、明日がある事に希望を託して生きていく姿の本当の凄さを
あの頃の私は一cmも理解していなかったなと思う。強い女性だなあ~とは思っていたけど。
 そしてその「強さ」にある悲しみも今ならわかる。でも彼女はそういう「悲しさ」なんて気付かない人だろう。そんなもの「何?それ」とか放り投げそうだ。

 この年で再読したらどんな感想を持つか楽しみである。
 
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2010-02-20 (Sat)
 年老いた母親とその娘。
 いつも通りの平凡な夕べになるはずだったが、それは娘の自殺予告によって不気味な世界へと変化して行く。
 娘を必死で止めようとする母親。最早死ぬ以外の道はないと確信している娘。
 果たして母親は娘を止められるのか?
 人間存在、相互理解などの人間の最たる闇の部分を日常ディティールの中で浮き彫りにしている秀作。

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 この本は「ダ・ヴィンチ」で『孤独』をテーマにした本を特集とした中に紹介されていた。
 幾つか紹介されている本で何故この本に興味を持ったのはあらすじと、コメントされた方のキツイ突込みの言葉にそそられたからである。

 この作品は最初から終わりまで自殺をしようとする娘と、それを止めようとする母親のバトルが繰り広げられている。
 正直読んでいてコメントされた方のきつい突っ込みと同様の感想を持ってしまった。
 その突っ込みとは。。。。
 「もう、見えない所で死んでくれ!!!」 
 まっ、作り話とわかっているから言えるセリフだけど。
 娘の気持ちに共感出来る部分はたくさんあるのだが、読み進めていくうちに娘のエゴというかかたくなささにうんざりしてくるのである。
 年老いた母親が愛する娘を止めようとしながらもどうする事も出来ない絶望感がひしひしと伝わって切ない。自殺の予告なんて残酷だと思った。自殺の理由を知っておいて欲しかったという事だか、
 「遺書にしようよ!!!」  
 とやはり突っ込みたくなる。
 
 人が生きるという営みの中で常に抱える闇の部分を「これでもか!!!」という位に見せられて本当に怖かった。
 こういう人の心の闇の真理を扱った作品というのは下手なホラーよりホラーだと再認識。
 「自死」というのは自分が行使出来る人間としての当然の権利だと思う。私自身は決して「自死」が敗北とか逃げだとは思わない、あくまでも自分が行使出来る権利の一つだと思っている。だからこそ救いもあるはず。
 出来るなら「自死の権利」は死ぬためのものではなく、生きるためのものであって欲しい。
 いつでも死ねる権利があるのだから死に物狂いで生きてから遂行してもいいんじゃないかと思う。
 
 読んでいてつくづく親子であっても他人同士なんだなと思う。血が繋がっていても「個」と「個」なのだ。
 「ずっとあんたといたのにそんなに孤独なんてわからなかった」 
 というのはえぐるようなセリフである。
 母親は娘を愛していたけど理解出来なかった(しようとしなかったのか?)。相手への理解は愛だと思うけど、愛する事と理解する事は必ずしも同一のものではないのかもしれない。理解していないから愛ではないとはいわないが。
 愛する事と理解する事の関係性は難しい。 
 
 正直どこまで他者の孤独に踏み込めるのだろうか、どこまで近づけるのだろうかと思った。
 その距離感に人はずっと迷い続けるんだろう。

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