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2010-11-24 (Wed)
 

白昼の渋谷で起こった無差別爆弾テロ。その犯人は公安がメシア神道という宗教団体に潜り込ませた公安刑事である照屋礼子。
 過激な宗教団体であるメシア神道は強制捜査により瓦解し、首謀者である教祖は死刑判決を受けていた。それなのに照屋礼子はミイラ取りがミイラの如く次々と無差別テロを遂行する。
 彼女を追う人間の1人である刑事鳴尾良輔は担当した事件の女性と獄中結婚をしており、その為に警察組織では冷や飯を食わされていた。
 だが鳴尾は獄中にいる妻の知恵を借りながら運命の糸により照屋礼子を狩る人間として誰よりも彼女に近い位置に迫っていく。
 そして公安の不祥事発覚を恐れる阿南達により彼は妨害を受けるが。。。


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  この「魔笛」を面白いという人はたくさんいると思う。だが好きだという人は恐らく1ダース位しかいないんじゃないかと思う。
 私はこの作品が凄く好きだけど、内容が読む人の心のおうとつに良い意味でも悪い意味でも刺激を与えてしまう。
 人や社会の「暗部」に触れる内容も多くその剥き出された部分ににシビレル人もいるだろう。
 だが面白さというのなら野沢作品の中でも抜群の出来であり、最高傑作の一つという言葉は過言ではないと思う。

 この作品は某鳥の名前の宗教団体をモデルにしていて、それ故に江戸川乱歩賞を逃されたようである。北方謙三さんのがおっしゃるには「実在の宗教団体をかなり強く意識させたために賞の持つ自己防衛装置が働いた」ようであるが、それは止む負えないだろう。「実在の宗教団体をかなり強く意識させる」だけなら過剰防衛だろうと思うが、当時のあの大騒動を肌で実感している世代にとっては非常に生々しい空気感を感じさせてしまう臨場感がある。
 それ位この作品からは物語の持つパワーというかエネルギーを浴びた。

 野沢さんは脚本家出身だけに状況描写が上手く詰め込みを紙一重でかわしているような勢いというかスピード感ある展開で、ちびちびやるつもりが一気に食べ尽くしてしまった。 
 実は多少無理な設定と展開、特に鳴尾刑事が照屋礼子へ迫る展開は都合が良過ぎる突っ込み所はあるのだけど、読んでいる時は全然気にならなかった。
 どんな設定、展開であっても作品世界で成立しているのならOKだという良いお手本である。それは突き詰めるとどれだけ物語りに説得力があるかという事なのだろうが。

 上記で『人や社会の「暗部」に触れる内容も多く』と記述したが非常に心にスイッチが入る言葉が多かった。
 元信者という設定で語らせた言葉に「結局の所1人1人の信者の妄想が破壊的な教祖を作り上げた」(抜粋・要略)とある。これはなるほどと思った。宗教の教祖だけではなく独裁者とかそういった類の人物が出現するのはその人のカリスマ性以上に、そうさせてしまう周囲の基本善意な人間の妄想なり願望が作り上げるのかもしれない。
 それは凄く怖い事である。ほんの些細な思いなり願望が集結してしまうと何かを生み出してしまう巨大なパワーになるというのは。
 
 それと実の娘を保険金目当てなぶり殺した夫を殺した、鳴尾刑事の獄中の妻である安住藤子。
 私は人を殺すことはないとは思う。でも彼女が殺人者となった自分の核心を知りたいう下りの記述を読んで、人は絶対飛び越える事はないと思っている一線を軽く飛び越えてしまうのかもしれないと感じた。
 今の私にはその壁自体は物凄く高いように感じ強固な壁だと思っているが、でもそんなもの何かのきっかけですぐ壊れてしまうか飛び越えたりしちゃうのだ。
 私は超える事はないという意識よりも、超えてしまう事もあるかもしれないというほんのり恐れ持つ方が一線を越えない自己防衛になるのかも。

 次々とスイッチが入りまくり自分が普段あまり覗かない自分の心の隙間を感じさせられた作品だった。 
 
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| 野沢尚 | COM(0) | TB(0) |
2010-06-30 (Wed)


 呼人は生まれた直後に母親に捨てられたが、母親の妹であった妙子と彼女の夫悠二の若い夫婦に愛情一杯に育てられた。
 1985年呼人が12歳の時、友達の潤と厚介とそして密かに憧れる小春と忘れ難い夏休みを過ごす。
 そんな幸福な日々を送っていた彼に少しずつ残酷な現実が襲ってくる。12歳以後体の成長がピタッと止まってしまったのだ。
 外見は子供のまま生きざる終えない呼人に社会はとても厳しかった。
 自分の過酷な運命に萎えそうになるが、実はこの運命を呼人にもたらしたのは両親であり、父親は亡くなったが母親は生きている事を知る。
 自分がこの姿でここにいる理由を母親に問う為に彼は行方を捜す。。。 
 

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 「大人になんかなりたくない」という言葉はどこか幼い純粋さと甘えも感じるセリフでくすぐったくもあり、でも反面「大人なんて汚い」と同じ位手垢のついた言葉ではあると思う。  
 自分が子供の頃によく思った。ずっと夕日が沈む草原で遊びまくるようなそんな時間が止まったままであれば良いのにと。
 でも実際「子供のままでいる」というのは決して「幸福」に属するものではないと再認識させられた。

 最初は「ジュブナイル」的な話だと思っていたらだんたんとSFチックな展開も入り込んである種の哲学的な流れへと合流している。
 呼人は奇天烈な両親の人体実験の結果12歳で成長を止め、本人が望む限りは死なない人間になってしまう。すなわち永遠の「ピーターパン」である。
 成長という当たり前の時の流れに「取り残された」呼人の孤独が切なかった。彼を愛する育ての両親がいても彼は常に無人島に1人取り残されているのだから。
 昔から古今東西色んな人間が不老不死の野望を抱いたと思うが、実際誰もなった人間がおらずその孤独を知らないからこその見果てぬ「願望」じゃないのかなと思う。
 まあ不老はともかくとしても本当に不死になったらいつか必ず生きる事に疲れる日がやってくるのではないか。
 
 かつて呼人の友達だった小春や厚介や潤は皆大人になって彼を置いてきぼりにする。でも彼等は大人になった世界で厳しい現実に傷付いてボロボロになってしまう。
 そんな彼等が自分達が無くした宝物を持ち続ける子供のままの呼人に安らぎを感じ、そのままでいて欲しいと願う思いには共感すると共に切なくなってくる。
 それは置いていかれた呼人からして見れば残酷だろう。元の世界が恋しいと言われてもそれは「閉じ込められていない者」のある種の傲慢さだ。
 大人になって子供時代には想像もしなかった事で傷付きそれが故に無くす事も多々あるだろうけど、だからと言って宝物を手に入れられないわけでもないと思う。
 大人だからこそ見える景色はあるはず、そこにはウェンディもティンカーベルもいないけどさ。
 でも抱えた傷や痛みがフィルターとなって初めて見えてくる世界もある。
  だからピーターパンを卒業した彼等に「頑張れよ」と応援したくなった。

 「永遠」ってなんだろうなと思う。この作品には題材故に「永遠」という言葉がよく出てくる。
  私にとってはその言葉はサイズが大き過ぎて手に余る。死ぬ為に生まれてきた私達には「永遠」はない。
 自殺を決意しながらも死ねなかった呼人に友達が「どうして生きたいのか教えてくれよ」という問いに「もうすぐクリスマスだよ。パーティーが始まるんだよ」と応えるにジーンと来た。
 生きるというのはつまりこういう事なんだうなと。
 永遠はなくても生きているという「今」という瞬間はあるんだよなあと思った。そういう身近なサイズというのを大事にしたい。 
 
 光あるラストはやはり野沢尚さんはロマンスチストだったんだなあと改めて再認識させられた。 

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| 野沢尚 | COM(2) | TB(0) |
2009-11-04 (Wed)


 名門大学「首都大」。
 そこには変わり者が集まっていると言われる「弦巻寮」があった。
 父に捨てられ、母と死別した薫平はそこの寮生であった。
 「弦巻寮」は常に廃寮の危機を抱えていたが、廃寮を目論む大学側とそれを阻止しようとする寮生の歴史に新たな流れが生み出されようとしていた。
 大学側が名倉という舎監を送り込んできたのだ。
 「若者が嫌い」と豪語する名倉はあの手この手を使い寮生を厳しく管理し、それに反発しまくる寮生達。
 だが様々な事件を乗り越え互いに少しずつ心を通わせていくが。。。。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~  男性作家さんは少ないない割合で心の中に「ロマンチズム」を飼っていると思う。
 ただ個人的に男性の「ロマンチズム」あまり好きではない、己の「ロマンチズム」に酔っている気がするから。
 ただ野沢さんの酔いかたは嫌ではなかった、この作品のでも良い酔いかたをされている。

 登場人物達がとても魅力的に書かれている。 
 1人1人に味があるというか、肉付けにキャラクターの息遣いを感じさせる。
 そのキャラクター達が恋愛や家族関係、就職等様々な事柄に遭遇する過程に親近感をもって読み進めてしまう。

 薫平達、団塊世代ジュニアは傷つく事を嫌い、自分達の居心地の良い半径二メートルの世界にし関心がない。
 私も多分団塊世代ジュニアなので彼等に共感していまう。
 出来れば傷つきたくないし、痛いのは嫌だ。痛みをどう対処したらいいのかわからない。
 そんな彼等が30年前は団塊世代の若者で機動隊員であった名倉と反発し合いながらも、様々な事件を解決していくうちに互いの距離を縮めていく。
 ありきたりだけど上手く料理して読み手に「美味い!!!」と言わせる技量はさすが野沢さんだと思った。

 名倉が薫平達に贈った言葉、
 「皆さんの未来を傷つけるかもしれない。しかし何も傷つかない生き方より、それは遥かに意義があるのではないかと」
 そうなんだよな、傷もまた生きている証なのである。傷つき乗り越えなければ得ることの出来ないものもある。傷つかなければ痛くはないけど何もならない。

 ラスト付近で薫平等が自分の世界にただ漂うのではなく、足をつけて名倉と共に大学側と戦う下りは目頭が熱くなった。
 その熱さを感じた時自分は確かに年を取ったのだと感じた。
 若い頃に読んだら薫平等にしか共感出来なかったと思う。50代の名倉の気持ちはわからない。
 でも今なら名倉と薫平達にもどちらにも共感出来るのである。
 薫平達の世界はかつて私もいた場所であり、名倉のいる場所はこれから訪れるだろう世界である。
 彼が薫平達に何かを残したい、他人を通して意味のある人生としたいという気持ちは理解出来る。

 野沢さんが自殺されたのを知った時驚愕した。
 妻子がいらっしゃって、個人的に仕事も順調に見えたので、それでもなお死を選ばれたのはそれなりの理由があるのだとは思う。
 ただ、もう野沢さんの作品が永遠に読めないのは本当に残念だと思う。
 彼の生み出す新しい世界にはもう行けないのだ。

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| 野沢尚 | COM(7) | TB(0) |
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