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2009-07-04 (Sat)
   
 
 自分は異端で異質であり、それが故に「他者」は恐怖の対象でしかなかった。それは家族すらも。
 そんな葉蔵が生きていく為にはピエロを演じ「他者」に奉仕する事しかなかった。
 だがそれでも解消されない生きづらさを酒、薬、女で紛らわせようと破滅的に生きる。
 そんな自分は最早人間失格である。。。。

 太宰治文学の最高峰。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 食物にも「旬」があるとするなら、本にも「旬」があると思う。
 私がこの本を10代に読んでいたら作品世界にどっぷりハマって、右手に桜桃、左手に「人間失格」の文庫本を持って太宰治のお墓へ巡礼の旅に出ていたと思う。
 さすがに読んだのは20代半ばなので作品世界に距離を持つ事が出来て「作品」として楽しめた。
 どらちが幸福な読み方だったのかはわからないけど、本というのは出会う時期に出会うもんだと思っているので多分あの時期で正解だったと思う。

 物心がついて「自分」について井戸掘りするように(考えるように)なった頃からだと思う。
 私はいつも、どこでも、誰といても、絶えず違和感を感じていた。
 私と、私を取り巻く世界との間にいつも距離を感じていた。まるで映画を見ているみたいに、自分のまわりのものや起きる事を、冷静な目で見つめているもう一人の自分をいつも感じていた。

 そんな自分は凄く変な奴だと思っていた。おかしいのだと思っていた。こういう事を感じるのは自分だけだと思っていた。

 でも家族や友人にこの件について語った事はなかった。
 当時の自分ではその思いを他人に伝える事の出来る語彙を持っていなかった事もある。
 でも多分一番はこの言葉を恐れていたからだと思う。
 「何言っているの?意味がわからない」 
 なんて言われたらショックで立ち直れそうにないからである。
 だから誰にも、何も言わずにいた。その事でひどく寂しさと孤独を感じる事もあった。

 でも「人間失格」読んで初めて、
 「なんだ自分だけが変じゃないんだ」
 と気づいた。
 その事は驚きと安心感をもたらした。
 自分だけが感じているという異質な感情を、他の人も持っていたという驚き。「自分は特別」というカテゴリーは案外自分が勝手に枠をはめているものなのかもしれない。
世界というのは思っていたよりも身近なんだなあと。
 それと自分がそれまで明確に表現出来なかった感情に明確なラベルを貼られた安心感とでもいうのか。
 とにかく自分の井戸の中の様子に色々と気づかしてくれた太宰さんには感謝だと思った。
 
 本にも色々タイプがあってただただ物語の面白さを堪能出来る作品。
 自分が何者かを感じ取れる作品。
 後者の代表格であるこの作品のおかげで自分という人間の取り扱いがし易くなった。

 本ブログをやっていて太宰治を取り上げるのはなかなかに感慨深い。

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