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2010-11-03 (Wed)
   

 蘭専門の植物園で働く実那子(中山美穂)は、3ヶ月後に恋人・輝一郎(仲村トオル)との結婚を控えていた。実那子自身は当時の記憶を失っているが、実は15年前の「市議会議員一家惨殺事件」の生き残りの次女である。事件直後、警察は実那子の姉である貴美子と恋人関係にあった大学生、国府(陣内孝則)を逮捕した。

ある日、実那子は事件の直後にもらったラブレターを見つけ、その差出人に会うため故郷の”眠れる森”に出かける。そこに待っていたのは、実那子の過去から現在までの全てを知る謎の男・直季(木村拓哉)だった。同じころ、模範囚だった国府が仮出所し、「あいつに相応しい地獄を考えている」と告げて行方をくらます。

不審・不可解な行動をする人物が錯綜する中、実那子の葬られた記憶と過去、そして惨殺事件の真実が明らかになっていく。-ウィキメディアより






 「ロングバケーション」で木村拓哉さんの役者業に惹かれ「眠れる森」を見た。
 この作品は「ミステリー」である。
 「眠れる森」がヒットするまでは、1990年代後半においてテレビドラマ界でミステリーというカテゴリーの作品はかなり珍しかったのではないかと思う(これ以後は増えたが)。
 今から思えば中山美穂、木村拓哉という超人気者が主演とはいえ思い切った事をやったなと思う。このお2人を起用するなら普通は恋愛物を考えるだろう。

 ミステリーとしての評価なら「中の中」かなあと思う。ミステリーを読みなれている読書通には物足りないだろう。
 ただテレビ界という制約がある中での「ミステリー」としてなら最上の部類だと思う。
 ミステリーというのが「ワクワクさせてくれる高揚感」を連ねてゴールへと向って行く代物だとするなら、この「眠れる森」は見事その流れの勢いが衰える事なく終着地点に辿り着いている。視聴率が右肩上がりなのがその証明とも言えるだろう。
 音楽、脚本、出演者等隅々まで磨かき尽くされた耀きを放っている(ただ同じように木村さんが出演した「ロングバケーション」のような神がかり的作品とは違うかな。質的にはどちらも甲乙付け難いハイレベルだけど、神が宿ったのは「ロンバケ」だ)。
 
 テレビドラマでミステリーが難しい理由の一つに、犯人役を演じる役者のランク(という言い方は失礼だけど)によって見てる側にすぐ犯人が推察されてしまう場合がある。
 でも「眠れる森」に出演されていた役者さん達は全員と言っていい位に一流の役者さんを揃えている。だから穴場の役者がおらず誰が犯人か役者で悟られないように煙幕をかけている。
 そしてそれぞれの役者さんがミステリーのピースとなる役割をしっかりと演じてらっしゃる。
 でも正直言ってこの作品における木村さんの演技は可もなく不可もなくという感じであるただ中山美穂さんと木村拓哉さんのビジュアルは恐らく最美期で神々しいまでに美しい。目の保養だけでも見る価値有りとも言える。
 とにかく脚本が上手く練られていて「謎」の仕掛けが上手く、また様々なモチーフの絡め具合が素晴らしくて次へ次へと引っ張るドラマとなっていた。 

 この作品は殺人(しかも一家惨殺)というモチーフが扱われているのに何故か陰惨な感じはない。
 それどころかミステリードラマなのに見ていて「生きろ」というメッセージを感じていた。決して声高にメッセージを伝えているわけではない。でも作品の細胞の一つ一つが「生きろ」というベクトルが向っている気がする。
 「眠れる森」はエンターテイメントな面白さだけでなく、そういう深さを持っているドラマでもあった。
 ただこの脚本を書かれているのが自殺された野沢尚さんだというのが、彼が亡くなられた現時点においては皮肉になってしまうのが残念だし悲しいなあと思う。

 でもこの時点における野沢さん作品からのメッセージは信じたいなあと思う。


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2010-10-17 (Sun)
 

 実に15年振りに無料動画で「ロングバケーション」(以下「ロンバゲ」)を見た。
 当時も凄く面白いと思って見ていたけど、幾星霜振りに見直しても面白くてしかも全然古臭く無いのに驚いた。
 神ドラマを生み出すためにあつらえたかと思うような脚本、主題歌、役者達。全ての要素がピタッと神のデザインにハマったかのような傑作である。

 当時は山口智子さんの演技が凄く好きで南のサバサバした可愛い女っぷりにトキメイタものだ。でも木村拓哉さん演じる「瀬名秀俊」はカッコいいと思いつつも彼の演技自体はそれ程評価していなかった。当時物凄い「キムタク」ブームで、人気者故の色眼鏡があったせいで素直に評価出来なかったのだと思う。まあ別に瀬名役は木村君でなくても、その時の一番人気者を使えば結果は同じ事だろうと昔からヒネていたのである。

 時が過ぎて色んなものが削ぎ落とされた状態で「ロンバゲ」を見ていたら、木村拓哉さん演じる「瀬名君」の存在がいかに魅力的で、彼が演じたからこそ神ドラマとなった要素が大きいのだと気付いた。
 木村君は演技に関しては「金太郎飴演技」とか「キムタク演技しか出来ない」とかとかく言われていて、近年の演技に関しては「まあ、そうかもな」という部分もあるが、「瀬名君」の演技に関しては本当に素晴らしいと思う。
 ここにいるのは「木村拓哉」でも「キムタク」でもなく、紛れも無く「瀬名君」なのである。ドラマにしか存在しない人間を本当にリアルに演じている。当時23歳だというのだから驚きだ。木村君は演技が上手かったのだと新しい発見をした。
 山口智子さんはやはり素晴らしい。一歩間違えればただのウザイオバハンキャラの「南」なのにすげぇキュート。
 キュートとウザイオバハンの危うい境目を難なく渡りきられるさすがの一言だ。このドラマ以後女優業休業なのは本当に残念である。

 当たり前だけど携帯がこのドラマでは出て来ない。携帯のない日常ってこういう感じだったのかあと感慨深かった。現代は携帯の無い生活というのはほとんどの人は考えられないだろうし、それがないドラマもほぼ無いだろう。携帯があったらこの作品も随分違ったストーリーだっただろうなあと思う。
 携帯の誕生は日常のあり方を随分変質させたんだと改めて感じ入った。

 この作品は冴えない日々を送る主人公達のタイトル通り「ロングバケーション」の日々を描いたドラマである。 ストーリー自体にとんでも展開等なく、普通の日々の出来事がテンポあるセンスの良い会話と飽きないシチュエーション 展開で進められる。
 でもあっさりテイストなのに全然最近の具材テンコ盛りドラマより面白い。よく考えたらありえない内容と設定だけど、ドラマの世界でちゃんと納得出来る説得力があるからグイグイと惹き込まれる。
 「何をやっても上手くいかない時は神様がくれた長いお休みだと思う事にする。そういう時はあせらずくさらずただ時の流れに身をまかすのがいい」 
 かなり要約抜粋だけど一番心に残ったセリフである。

 人生をやっていれば何をやっても上手くいかない「凪」のような状態の時がある。そういう時ってどうしても「何かしないといけない」と状況というか現状に働きかける行動をしてしまいがちである。
 でも「凪」の時は「動く」のではなく、時の流れにまかせてその時を楽しむ方がいいのかもしれないと思った。
 進む足を止めて休む事というのもまた大事である。そうすれば違う景色が目に映る様になるかのもしれないとそれなりの人生経験を経て上記のセリフをしみじみと噛み締めた。

 温故知新の心境である。

 *ちなみに「ロンバケ」当時木村君は本当に山口さんの事がリアルに好きだったようです。彼女が既婚者でなかったら交際を申し込んでいたとの事。ドラマ見たら納得の臨場感。

 ちなみに無料動画サイトです。↓
 http://videonavi.blog66.fc2.com/blog-entry-537.html


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2010-08-29 (Sun)
 今回は完全にワタクシの独断偏見、趣味の記事です。太宰治に興味ない方はスルーしてやって下さい。
 
 太田治子さん著の「心映えの記」は私にしてはめずらしく何度も読み返す本である。素直に心に響いて来る。取り立てて何か際立つた美点がある作品ではないのかもしれないが、気持ちにとてもダイレクトに響く何かを持っている。

 この本の中で一番印象深かったのが下記の箇所である。
 どちらかな?「心映えの記」の一部を抜粋するが、

 『「幼いあなたは私にこう聞いたの。“太宰ちゃまは、美知子さまと山崎さんとママの中でだれが一番好きだったの」 幼い治子さんが母の静子さんに問うた質問。静子さんは治子さんの為に「ママよ」嘘をつく。そして治子さんが成人した時太宰が一番好きだったのは「○○」であったと告げる。』

 この○○は「奥さまの美知子さま」なのである。私はこの下りを初めて読んだ時、涙がホロリと出たよ。
 太田静子さんの心情に、太田治子さんの気持ちに、2人の思いに馳せると切なさといじらしさがこみ上げてきた。
 同時に「やっぱりそうだったのか」とも思った。
 というのも太宰の代表作の一つで太田静子さんがモデルになった「斜陽」を読んだ時に、
 「あれっ?ひょっとして太宰が一番好きだったので奥さんじゃないのかな?」と思ったからだ。
 斜陽のラストにで太宰の分身の1人である直治が遺書に、師事している上原(これも太宰の分身)の妻への恋心を綴った箇所があるのだけど、この箇所は太宰が愛人である太田静子への「自分の一番好きな人間は誰か」を伝えるメッセージだと感じた。 

 でももう1人の愛人である山崎富枝さんとあんなド派手な心中したし、太田静子という愛人作って子供をこさえているし私のセンチメンタルかなあと思っていた。

 だが「心映えの記」を読んでストンと自分の中に納得感があった。
 ただ太田静子さんも、太宰が生きている頃からそれを見抜いていたわけではないと思う、幾らなんでも。
 太宰が死んで、年月が過ぎて、色んな事柄が削ぎ落とされて見えた真実ではないだろうか?

 大宰夫人である美知子さんが亡くなられた時に、遺族の方が未発表の太宰の遺書として公表された中に
 「美知様 誰よりもお前を愛していました」  
 という一文があった。
 それなら何故愛人こさえて、愛人と心中するのかと思うが、凡人には全く理解出来ない天才作家の性なのかなと思う。
 妻を愛し、家族を愛していても、どうしてもその安息に身を置けない。どうしようもなく破滅の中にしか安らぎを感じられない。
 それこそが津島修治という個人を太宰治という作家に至らしめているものだと思うけど。
 天才も大変である。

 美知子さんは彼女の生前にこの遺書は公表されなかった。公表されていれば美知子さんに対する雑音ももう少しトーンダウンされていただろう。
 公表せずご自身だけに秘めていた所が、美知子さんの矜持であり強さだなと思ったよ。

 ただ太宰って残酷だなあと思ったのはあれだけ献身的に尽くし、何もかも捨てて太宰と一緒に死んだ山崎富枝さんの事を作品に書いていないのである。
 美知子さんは何度も作品に書かれ「ヴィヨンの妻」という傑作を生み出させている。
 勿論家族という身近なテーマが作品にし易いというのもあるが、それでも山崎富枝さんが可哀想になる位作品に反映されていない。

 よく太宰の一番愛してた人間は誰かと余計なお世話な興味の対象になっていたが、結局の所、愛人の静子さんも、妻の美知子さんもそれは知っていたのである。

 ああドラマだ



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2010-07-25 (Sun)
 自宅にテレビを置いていないのでテレビドラマは見ていない。
 今回「Moter」を無料動画で見たのは「近年ドラマの中でも傑作」との評価が高く、「どれどれそれなら試食して見ようか」といういつもと変わらぬ軽いノリであった。
 でもその軽いノリを反省させられる位非常に考えさせられるドラマであった。

 あらすじを要約すると
 「不本意に小学校教諭を務める奈緒(松雪泰子)にとって「先生」という仕事は希望する仕事を見つけるまでの腰掛であった。
 風変わりな教え子の怜南(芦田愛菜)は何故か奈緒になついて来るが彼女は子供が好きではなかった。
 その怜南はシングルマザーの母・仁美(尾野真千子)と同居男性のからの虐待されているようであったが、奈緒は消極的にしかその問題に関わろうとしない。
 だがある日マイナス4度の寒さの中、怜南が薄着のままゴミ袋に入れられ捨てられているのを発見する。
 自分もまた捨て子であった奈緒は虐待から彼女を守るため誘拐して上京する。我が子として「継美」と新しい名前を育てようと実家や偶然知り合った葉菜(田中裕子)のに世話になるが、実は葉菜は自分を捨てた実の母であった。奈緒はそれと知らないまま「継美」の母親として懸命に生きようとする」


 最近のテレビドラマはつまらないという評判をよく聞いていたが、なんのなんのやる気さえあればまだまだテレビ「やってくれるな」と思ったよ。
 このドラマの凄い所は奈緒が母性に目覚め怜南を連れて逃げるのは虐待から「守る行為」であっても、詰まるところは犯罪だという事である。ただ「守ろうとした行為」を犯罪という道具仕立てにしている。その観点で「母性」を描こうとしているのが凄い。正直よくテレビでやったなと思う。
 非常にトリッキーな設定だが、それがありきたりの設定では拾いきれない「もの」を浮き彫りにさせている。

 ドラマの中で『「親の愛は無償」と言われているが「子供の親への愛こそが無償」』という言葉がとっても印象に残った。
 子供は親を嫌えない、だから虐待は一層の悲劇になる。例え殴られても蹴られても、仮に殺されたとしても心底から嫌いになれない。
 どこで読んだのかは覚えていないけど、幼い子供は親からの庇護なくしては生きてはいけないからそういう属性を持っているらしいが、そうだとしたら神様からの罪な付録だなと思う。
 
 だがこのドラマでは怜南は母親を捨てる。そこが切なくもありある種痛快でもある。
 とにかく怜南役の子役の子が「芝居の神様ご光臨」と思う位上手いんだわ、これが。天才子役という形容詞は手垢つきまくりのフレーズだけど、他の形容詞では物足りなさ過ぎてその言葉しか思いつかない。
 5、6歳だというのだから驚きである。私が5、6歳の頃なんか鼻たれだったのに。子供という時期の一瞬の輝きによる才能なのかもしれないが(だからこそ名子役は大人になってバッとしなくなる場合が多いのだろうけど)、才能というものは子供性すら凌駕するんだなあと感じ入った。

 色んな「お母さん」が出てくる。子供を虐待する親、子供を捨てた親、子供を捨てようとする親、子供を愛し守ろうとする親。
 個人的に一番心に残ったのが我が子をゴミ袋に入れて捨てた怜南の母親である仁美である。
 彼女は昔は子供を本当に心から愛する優しい母親だったのだが、夫を失いシングルマザーとして子育てするうちに現実の生活の厳しさに自分をすり減らして、確かにあるはずの愛情を心の底へと沈めていく。
 私は子供はいないけど、子供も可愛いだけではないんだろうなあと思う。心底腹ただしい時もあるだろう。勿論だからと言って仁美がした事は赦されないけど。
 でも単に虐待する母親を責めるだけでも救われないし、どうしても「聖母」という母親の枠から零れ落ちる「お母さん」もいる。
 奈緒が「お母さん」になっていく様を見て、もしかしたらその辺りにそういう「お母さん」を手助けする何かしらのヒントがあるのかなあと思う。

 「お母さん」という生物についてしみじみ考えさせられた。多分一生分使い果たした気分である。 

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2010-04-18 (Sun)
 今カウンターを見ましたら、とっくに10000HITを超えていました。
 ありがとうございます。
 ご訪問くださる方、コメント下さる方、本当に感謝です。ここまで続けられるとは思っていませんでした。
 感慨深いです。
 これからもボチボチ頑張りたいと思いますのでよろしくお願い致します。
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