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2010-03-10 (Wed)
  

 10日前に結婚したばかりの新婚ホヤホヤの笑子。神経質だが医者である優しい夫の睦月とゆったりとした時の流れを過ごしていた。
 だがこの結婚は『理由あり』結婚であった。
 何故なら笑子は若干アルコール中毒気味で病改善の為に結婚し、夫の睦月はホモで紺という男の恋人がいて世間体の為に結婚した。 
 セックスレスの不可思議な夫婦だが2人共お互いの事情を認めあっての結婚であった。それでも笑子と睦月と紺は今の摩訶不思議な関係性に心地よい幸せを感じていた。
 だが誰もがわかっていた、このままではいられないと。おどぎ話に終わりがやってくるものだと。。。

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  最近気づいたのだが、私と江國さんとは実の所相性が合わないのではないかと思う。

 私にとってこの「きらきらひかる」が初江國体験だったのでその美しいおどぎ話のような世界に魅せられ、その後彼女の作品を読み続けた。たくさん江國さんの作品は読んできたがいつも「何か違うな」と思いつつも読み漁っていた。
 恐らく「きらきらひかる」が印象が深すぎて、またこういう作品に巡り会うかもしれないという期待感があるのだと思う。
 変な例えになるが卵から孵ったヒナは最初に見たものを親と思ってしまうのと同様に、最初に巡りあった作品のインパクトがその作家への期待感を決定してしまう。それ程までに私にとってこの作品は神作品であった。

  アル中の妻とホモの夫とその恋人、まず普通は異様な関係だ。こういう関係は現実世界なら刃傷沙汰になってもおかしくない。
  ところが江國マジックにかかると美しい美しいおとぎ話になるのである。
 「昔、昔、ある所にアル中の妻とホモの夫がいました~」
 という書き出しでも違和感ない。
 登場人物のほとんどが「普通というカテゴリー」からはみ出している。でもはみ出し者が互いに優しさを持ち寄りながら、この時を自分達の世界を守ろうとしているのが愛おしい。
 自分はみ出し者でもいいんだ、その部分も抱えて上手く折り合って生きてりゃいいんだと思える。

 「こういう結婚があっもいいはずだ、と思った。何ももとめない、なんにも望まない。何もなくさない、なにもこわくない」都合の良いごっこのような結婚生活。でも少しずつ関係性は変化して行く。
 笑子は睦月を好きになり初めて守りたいというものを抱える、そして睦月は紺への思いは変わらないが笑子を大事に思う気持ちはある。
 江國さんがあとがきで「誰かを好きになるということ~人はみんな天涯孤独だと、私は思っています」と書かれていた。
 人を好きになるのは幸せだけではなく、痛みも抱える。相手の存在を強く意識すればする程、相手の不在や気持ちのスレ違いに孤独を感じる。人はどこまで行っても孤独な生き物だと思った。
 なくしたくないものを持って、なくす事の怖さを抱く笑子がなんだか切ない。 

 若い時に読んだ時は笑子の気持ちがよくわからなかった。睦月が好きなのに何で恋人の紺を嫌いにならないのだろうと。紺を好きでいる睦月との関係性を続けようとするのかさっぱり理解出来なかった。
 その時は私の人生経験が足りないせいだと思っていた。だが改めて最近読んだけどやっぱりわからない、でもわからなくていいんだろうと思う。
 何故なら私はおとぎ話の登場人物にはなれないから。
 好きな人はやはり独占したいと思うし、恋人がいたら別れて欲しいと思う。そういう苦い気持ちを取っ払いたいとは思わない。
 やっぱりおとぎ話というのは憧れる対象で十分だと思う。
 
 結局また「きらきらひかる」のような作品を求めて江國さんの作品を読んでしまいそうである。
 
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| 江國香織 | COM(6) | TB(0) |
2009-03-04 (Wed)
 

 「私」は3ヶ月に一度の割合でとてもたくさんねぎを刻む。
 それは、人と接すると余計に一人を感じる孤独が来た時の対抗手段として。
 そういう時「私」はひたすらねぎを刻む。泣きながら細かく細かくねぎを刻む。
 そして「私」は刻んだねぎを、お味噌汁や冷奴にどっさりかけて食べる。
 そうやって「私」は自分を取り戻していくー。


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 これは21編の短編からなる作品集でまさに「江國ワールド」。
 特に私的には「ねぎを刻む」が一番ハマった。

 私もねぎが大好きだ。
 お味噌汁や冷奴だけでなく、丼物やおかゆなどにかけて食べるとまさしく
 「ご飯がすすむくん」状態(ところでこの商品まだあるんでしたっけ?)
 冷蔵庫に保管している「刻みねぎ入りタッパー」は外せない。。。

 人と会うと、人と話すと、余計に1人になる孤独は確かにある。
 その孤独は自分1人のものだ。誰にも溶かせない。
 だからこそ「私」はねぎを刻むのだろう。
 自分1人だけのものである孤独とやっていくために。

 「私」が泣きながら刻みまくったねぎをどっさりかけて食べて力を取り戻していく部分に、日常性のもつ偉大さをちょっと感じた。
 美味しい物食べたり、楽しい事をしたり、当たり前のことが自分を支える根幹のようなものを地道に造っていくんだろうなあと思う。

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