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2009-09-19 (Sat)
   

 作家「小海鳴海」こと生方景子は「残虐記」という手記を残して失踪してしまう。
 それは25年前に当時小学4年生の景子がケンジという男に誘拐、監禁され、暗くて狭いアパートで一年間暮らした日々と、解放後の大事な何かが損なわれてしまったその後の人生について綴られたものであった。

 最近出所してきた犯人からの手紙に書かれていた「ゆるしてくれなくてもいいです。私も先生をゆるさないと思います」という言葉が鍵となり彼女の押し込めてきた記憶が溢れ出した。

 閉じ込められた一年間、加害者の若い男と被害者の少女の間にはどんな時間が流れていたのか・・・・


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 桐野夏生さんの小説を読む時はある種の覚悟がいる。
 ご本人さんは美人さんな女流作家さんだけど、その肩書きに似つかわしくなく一筋縄ではない骨太な内容が書かれる。
 とてもめん棒で耳掃除をしながら寝っ転がって気軽に読むなんて似つかわしくないのである。 

 この作品は9年前に起こった「新潟少女監禁事件」が下敷きになっている。
 読んだ時に思ったのは、
 「作家の想像力はどこまで現実に迫れるのだろうか」

 勿論この作品に書かれている内容は実際の事件を下敷きにしていてもフィクションの世界である。
 だけど監禁された少女の心の有り様で、想像力よりあぶり出された幾つかの心情はなるほどと思わせるものが幾つもあった。

 「想像されることの屈辱」

 この言葉を見た時ハンマーで殴られたようなショックを受けた。
 事件を知った多くの者は「犯人に何をされたのだろうと」と想像してしまう。そこに悪意がなくても好奇心という羽が広がるのを止める人間はあまりいないと思う。
 私もその1人である。
 でもその事自体が傷つけてしまうという事実に初めて思い至った。 その無自覚さが少々怖かった 。

 少女は事件によって一番自分の何が失われたかの質問に答えなかったが、質問者の提示した答えに同意する。

 「僕は現実ではないかと思う」

 これ程過酷な経験をしていまうともう以前の生活には戻れない。
 その経験が自分という人間の人生の組織部分に組み込まれてしまう。
 「ケンジに誘拐されて与えられた経験は、どこに誰といても、私を孤独にするものだとわかった」 
 元の生活の現実から弾き出されてしまった少女が、今の現実と折り合いをつけていく過程は読み応え十分である。その切り込み方は切なく苦い部分を含むがその酷薄さもまた桐野さんだなと思う。

 色んなレビューを読むとこういう作品そのものが被害者本人と家族を傷付けるものだという声が少なくない。
 当然この本を被害者本人とそのご家族が読まれたら決して良い感情を抱かれないはずである。
 ただ私個人の意見としては事件が「作品」となった時点で現実と切り離されたもう別のものに生まれ変わっていると思っている。
 でもこの作品に確かに傷付かれる存在があるというのも事実で、そうまでしてこの小説を生み出す必要があるのかという問いにも明確には答えられない。芸術が人を傷付けるものであってはいけないとも思う。

 「芸術というのはどこまで許されるものなのか?」
 という問いを改めて突きつけられた作品でもあった。

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| 桐野夏生 | COM(4) | TB(0) |
2009-01-31 (Sat)


弁当工場の夜勤で働く香取雅子は同僚の弥生から「夫を殺した」という電話を受ける。
 雅子は弥生の夫の死体をグループを組んで仕事をしていた他のメンバー、ヨシコ、邦子にも手伝わせてバラバラにして捨てる。
 それが各々の人生を大きく揺るがす全ての発端で有り、始まりでもあった。

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 これはとにかく「凄い」作品であった。のめりこむように読んだ。数多く本を読んでいると大体話の方向というかストーリーがつかめるのだけど、この作品に関しては、
「すいません、私をどこに連れて行って下さるのでしょうか?」
という位全く読めないというか想像出来ない展開の連続だった。 とくに期待してというわけではなかったので、読み進めるうちに続けて不意打ちのボディブローを食らっている感じがした。

 この作品のテーマは至極簡単で「孤独」 。
 とにかくここまでやるのかという位陰惨にくっきりと描かれている。
 「もう、いいじゃないですか」 
 と思うくらいである。

 主要の登場人物達はみんな孤独と閉塞感を抱えている。
 弥生の夫をバラバラにして捨てるのを協力するというありえない設定も、今すぐ見えない出口の中でさ迷っている彼女達にとって、出口ではないけど現状を変化させる出来事として手伝ったのかなと思わせられる。

  「死体をバラバラにして捨てる」という異質なモチーフで、それに関わる人たちの不幸という孤独の輪郭線をくっきりと浮かびあがらせてるのが上手い。 
 彼女達が願った変化は予想もしない出口に辿り付く事になる。

 読んでいて何故だか切なさを感じてしまう。
 決して一般的な意味で使われる情緒のある「切なさ」が表現されているわけではないけど、みんな何かが欠けている人たちでそれが故に孤独に悲しい「切なさ」を感じてしまう。

 ラストは賛否両論あったが私的にはああいう陰惨とも言えるラストで不思議な切なさを感じられたので良かった派である。
 多分彼らの欠けている部分と、私が欠けている部分が共鳴し合ったのだと思う。

 しかしととにかく「凄い」の一言に尽きる作品であった。読書の醍醐味を味わえた。

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