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2010-03-06 (Sat)
   

 最早説明の必要のない位国際的な大作家となった村上春樹氏。
 そんな彼がまだまだマイナーな作家であった若き頃、食べ物や引越しや蟻や豆腐等自分なりのこだわりについて気負い無く綴ったエッセイ集
 人気シリーズ「村上朝日堂」の第一弾。
 

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 私と彼の出会いはごくありふれた出会いでした。。。。

 村上さんとの出会いは多分一番オーソドックスだと思うが「ノルウェイの森」である。
 それから三部作→「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」で見事ハルキストへ陥落!!!
 この一連の作風から村上さんのイメージは孤独な魂を抱えた孤高の人で、知的でクールな田村正和風味の作家さんだと勝手に妄想していた(当時から私の妄想の類は貧困でした)。
 それを覆したのが「村上朝日堂」シリーズのエッセイ集である。

 とにかくウケる。こんなに面白い人だったのかと良い意味で裏切ってくれた。
 村上さんの笑える文章と、相棒の安西水丸さんの下手なのか本気なのかよくわからないくだけたような挿絵がマッチングしてほのぼのした「むらかみワールド」がそこにはあった。 
 それまで読んでいた小説からは「孤独」とか「死」とかダークな部類なキーワードが炸裂していたので、エッセイとのギャップには驚かされた。
 勿論作家さんなのだから如何様にも自分作れるだろうし、このエッセイもご自身の一面をクローズアップしたものを見せているとは思う。
 でも村上さんの素の部分の一番やわらかい部分(というか子供っぽい部分という)を上手く笑いへ変えて気持ちよく読ませてくれる。
 気持ちのこりこりをほぐすようなエッセイである。

 小説を読んだ時のイメージで唯一エッセイから感じ取ったもので合致していたのが「こだわりの人」だという事である。
 趣味から料理や生き方まで自分の持っているこだわりがあってそのこだわりを大切にして生きてらっしゃるんだなと思った。
 その為に不快な思いもされてるだろうけど(悪く言えば頑固だし)、でもこだわりを自分の人生を生きていく上での糧にしているのだろう。
 それが故なのかエッセイに書かれている内容はありふれた日常生活なはずなのに、どこかキレイなパッケージで包まれているような特別感を感じる。

 「若い人たちに向けてのメッセージはとくにありません。がんばって働いて、がんばって年とってください。ぼくもそういう風にしてなんとか人並みの中年になったんだから」。  
 「シンプル イズ ベスト」な助言。長文演説なお偉いさんに聞かせてやりたい。

 こういうサラリと言ってのけられる大人てイイナアと思う。  

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| 村上春樹 | COM(4) | TB(0) |
2010-01-30 (Sat)
 

 「孤独」を7つの表情で表現した短編集

 「トニー滝谷」
 トニー滝谷は本名でありれっきとした日本人である。
 彼は絵を描くのが大好きでイラストレーターとして成功を収めていた。37歳になるまで幾人かの女性とも付き合ったが結婚を考えた事はなくその必要性を感じなかった。
 だがそんなトニー滝谷が恋に落ちる。相手は15歳も年下の「彼女」でとても自然に優美に服をまとう事の出来る女性であった。
 結婚し幸福な生活を送っていたが事故で「彼女」は亡くなってしまう。後に残されたのは部屋に納まりきらないサイズ7の服とサイズ22の200足近い靴であった
 トニー滝谷はサイズ7、靴のサイズ22の妻と同じ体型の女性アシスタントを求める求人を出す。
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 私にとって村上春樹さんは帰っていく港のようなものである。
 色んな作家、色んな作品を読んでもやはり自分の心の体温にフィットするのは村上さんである。
 だからと言ってバイブルのように常にむさぼっているわけではない。実の所は彼の作品を読むのは年に数回位なのだ。
 それは村上ワールドは魅力的であるが故にあまり浸るべき世界ではないからである。彼の持つ心地よい孤独感に飲み込まれてしまうかもしれないからだ。
 だから適度に距離を持ってたまにその世界にお邪魔するのが私と村上さんの関係性である。
 今回も久しぶりに、
 「帰ってまいりました」 
 と村上ワールドを堪能した。

 トニー滝谷は孤独が苦ではなかった。母親は早世し父親はしょっちゅう家を空けていたので、孤独な環境が前提でそれは拒否出来るものではなく彼自身と人生に深く染み込んでいた。
 そのトニー滝谷が愛する女性と巡りあった事によって「孤独」の持つ本当の意味を知る事になる。
 自分の「孤独」の深さを知り、それまで単に自分が「孤独」という存在に気づかなかっただけなのだと知る。
 
 私も孤独に強い方だと思う。「孤独耐久大会」というものがあれば楽々入賞レベルではないかと思う。多分一ヶ月位誰と会わなくても喋らなくてもあまり苦にしない。
 元々の性格もあるだろうし、孤独に強くなければ生きづらくなるから強くなったとも言える。
 でもこの作品を読んだ時私が孤独に強いのは本当の意味での孤独を知らないからなんだなと思った。本当の孤独というのは他人との関係性の中に存在するものなのである。ひとりで孤独は当たり前なのだから。
 愛する者を失う孤独、他人との関係性で生まれる孤独に強ければ本当に孤独に強いと言えるのだろう。

 この作品へのコメントで虚無感を感じると書いてあったが同意見である。
 愛する者を無くした喪失感ではなく、喪失感より更に深い絶望を感じる虚無感が胸に来る。
 孤独だったトニー滝谷が愛する者を得て人生の孤独な時期が終了したのにその人を失い、今度は更に深い孤独へと陥る。
 ラストの一文がほんとうに切なく怖い。

 トニー滝谷には幸せになって欲しかった。

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| 村上春樹 | COM(9) | TB(0) |
2009-09-14 (Mon)
 

 29歳の「僕」は妻と別れたばかりであった。
 お互いを嫌いになったわけではないが、出口の見えない迷路にはまりこんだような生活にピリオドを打った。
 代わりに「とびきり素敵な耳」を持つガールフレンドが出来、彼女との日々を満喫する。
 だが右翼の大物政治家の秘書が現れある特殊な羊を探し出す羽目になり、平穏な日々は終わりを告げ喪失の始まりが幕を開ける。
 その羊を一ヶ月以内に探し出さない場合は「僕」には戻る場所がなくなる。
 「僕」は会社を辞め、とびきり素敵な耳を持つガールフレンドと共にその羊がいる北海道へと向かう。
 そして北海道は行方不明の友人である「鼠」がいる場所でもあった。
 羊をめぐる冒険は「鼠」を探す為の道程でもあった。

 「僕」と「鼠」のラストストーリー。


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 この本を十数年振りに再読した。
 初めて読んだ時は「えっ、何ですか????」の感想を抱いていたことを思い出した。
 
 というのも私がそれまで読んできた本は「1+1=2」という内容のものばかりだったから。
 内容や言葉の意味が理解出来るというか、出された『答え』が理解出来るものだった。
 「1+1=2」の世界では「りんご」はりんごであり、「みかん」はみかんである。
 理屈というものさしで計ることの出来るものしか出てこない。
 
 でもこの作品は「1+1=」という答えは3でもあり5でもあり、とにかくどんな答えもありうる作品だった。
 内容自体が形而上的な抽象的なお話しなのである。羊男が出て来たり特殊な羊が出て来たり、村上ワールド御光臨いう感じであった。
 それらのキーワードに寓意や比喩が込められているのは理解出来るのだけど、その正体を見破るおつむの無い私はいちいち、
「これどういう事?」「これどういう意味?」「なんでこうなるの?」
と突っ込みながら読んでしまった。
 村上ワールドの持つ心地よい孤独感に包まれ味わいながらも突っ込みが辞めれんかった。
 
 でも久しぶりの再読で驚くほどすんなりと「村上ワールド」の堪能していた。
 「これはそういうもんだ!!!」
 と割り切って読めるようになったからである。
 年季の入ったハルキストとして意味や考える必要は特には無い、答えを見つけようとしなくてもいいんだと悟れるようになった。

 この作品で一番心に響いたのは「弱さ」である。
 「鼠」は自分の持つ弱さをこう語る。
 「もちろん人間はみんな弱さを持っている。しかし本当の弱さというものは本当の強さと同じくらい稀なものなんだ。たえまなく暗闇にひきずりこまれていく弱さというものを君は知らないんだ。そしてそういうものが実際に世の中に存在するのさ。」

 勿論私も「弱さ」を持っている。でも「鼠」の語る弱さとは違う種類のものだろう。
 彼の持つ弱さは努力で変える事の出来ない、飲み込まれてしまう存在なのかもしれない。

 でも「鼠」はこうも言う。
 「俺は俺の弱さが好きなんだよ。苦しさやつらさも好きだ。夏の光や風の匂いや蝉の声や、そういうものが好きなんだ。どうしようもなく好きなんだ。」
 私は自分の弱さを好きになれるかどうかはわからない。
 でも弱さがあるから悩み苦しみ、その苦悩があるからこその喜びであり楽しさであり、苦難を知り何気ない日常が愛おしいと思える気持ちは理解出来なくはない。
 自分の弱さを知り、弱さを愛せる「鼠」は強さも持つ人間だと思うのだけど違うのだろうか。。。

 弱さを強さへ変えるのではなく、弱さのままで受け入れて好きになれたらもっと楽に息が出来るのかもしれない。。

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| 村上春樹 | COM(8) | TB(0) |
2009-07-26 (Sun)
 村上春樹さんは私の愛する作家さんだ。
 「死ぬまでにやりたい10のこと」のひとつに「村上春樹さんと話がしてみたい」という願いを入れるくらいである。

 もともと人気作家だったけど最近の再ブレイクは少し驚いている。
 ブレイク自体は別に不思議でもなんでもないのだけど、ただ私の周囲に村上さんのファンはおらず、本ブログを始めて旅回りした時もあまり村上さんの記事は見かけなかった。
 だから隠れハルキストが多いのだろうかと思っていた。
 今「IQ84」の話題があちこちで見かけると一体みんな今までどこに隠れていたんだと若干不思議な気持ちになる。
 村上さんの作品を初めて読んだ時作品の持つ「孤独」に強く惹かれた。
 でもその孤独は決してネガティブなものではなく、むしろポジティブな色合いを持っていて「ああここにわかっている人がいる」としみじみ思った。
 家族でも友人でも理解出来ない「私の孤独」を全くの見ず知らずの他人が作品世界で表現している事は驚きでもあった。

 家族がいても、友達がいても溶かす事の出来ない、共有する事の出来ない「孤独」を、村上春樹さんの作品世界なら共有出来た。
 その世界に思いっきり浸って出る時は「まあ、またお外の世界でも頑張ろう」と思える。

 願わくば作品を読み続けたいので健康に気を使って長生きして欲しいっす。


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| 村上春樹 | COM(9) | TB(0) |
2009-04-05 (Sun)
   

 刻々と移り変わる時間の中で様々な事が起こり、流れ、変化していく。
 その発端の物語は「デニーズ」で本を読む少女から始まる。 


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 私にとって村上春樹さんは「目で読む作家」さんではなく、「感覚で味わう作家」さんである。

 それは普段の生活の中で姿を見せる事のない「何か」で、いつもは私のどこかにひっそりと隠れている。
 それは友人とも家族ともどんな親しい人であっても共有する事のないもので、村上さんの作品を読む時に、
 「やあ、こんにちは!!!」 
 と姿を見せる。
 その「何か」は孤独感とも言えるし、もっと違う呼び名があるのかもしれない。
 私はその「何か」を決して嫌悪しているわけではなく、むしろ愛おしいものとして捉えている。
 村上ワールドに浸っている時だけただただその存在を味わう事が出来る。

 が、この「アフターダーク」は全くハマれなかった。。。。。
 自分がリンク出来る場所を見つけられなかった。。。。。
 今まで読んだ本の中でも幾つかは合わない作品もあった。でもハマれない作品はなかった。
 「そんなはずはない!!!」 
 と期待を込めて頑張って最後まで読み通したがとうとうハマれなかった。
 読み終えた時、
 「・・・・・・・・」 
 とまた、たそがれてしまった。

 その事に私は少しビビッてしまった。
 村上さんも当然の事ながら年を重ねられて、その中で様々な事柄から変化されて来てそれが作品にも反映されてきた。
 今までは私はその変化にちゃんとついていけたけど今回はダメだった。
 それは村上さんが私の好まない方へ変化されたのか、それとも私自身が気づかない間に自分が変化してしまったのかはわからない。
 でもハマれなかった事で何か自分大切な場所を失ったような気がした。その事が割りと悲しい。
 勿論そう結論付けるのは早すぎるのかもしれない、単なる村上さんの寄り道なのかもしれない。

 新刊が読みたいような、ちょっと怖いような複雑な心境である。

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| 村上春樹 | COM(0) | TB(0) |
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